episode.16「本当の出口」
「やった……! やっと、あいつを完全に倒したんだ……!」
きょうが手にした頑丈な木の棒を地面にしっかりと支えにし、ゼーゼーと喉が焼け切れるような荒い息を激しく吐き出しながら、ようやく極限まで張り詰めていた緊張の糸を緩めた。
冷たい床にぐったりと転がった異形の人形は、先ほどまでの恐ろしいまでの凶暴さが嘘のようにぐにゃりと四肢の力を失ったまま、二度と起き上がる気配を見せない。私たちはその決定的な光景を全員でしっかりと確認し、心の底からの深い安堵の息を長く吐き出した。
けれど――。
その恐怖がふっと和らいだ直後、誰かの脳裏に一つの重大な事実がよぎった。
「……よかった、本当に……みんな怪我は……」
はんながハッと涙を拭いながらそう呟きかけた、その時だった。
はっと息を呑むような凍りつく表情で、れむが周囲の暗がりを鋭く見回した。
「待って……。これ、ほむらのキーホルダー……?」
その言葉に、私たちの動きが再びピタリと凍りついた。
「え……?」
「……ほむらの姿が見当たらないよ……」
そうだ。
あんなにも激しい死闘を繰り広げ、あの化け物を追い詰めていた最中も、そして今、こうして静寂が戻った後も――ほむらの姿は、どこにもなかった。
みんなで一緒にここまで逃げてきたはずなのに、ほむらは私たちの輪からすっぽりと消えていたのだ。
◇
「うそ……ほむらは……? ほむらはいったいどこに行ったの……!?」
はんなの瞳に、止まっていたはずの恐怖の涙がみるみるうちに再び溜まっていく。
さっきまで打ち破ったはずの恐怖が、別の形になって再び私たちの心を冷たく締め付け始めた。あの化け物に襲われて、どこか別の暗い場所に連れ去られてしまったのだろうか。それとも、私たちが気づかないうちに、もっと深い闇の迷宮へと迷い込んでしまったのだろうか。
「いやー!!! ほむらちゃん――っ!!」
さっきまでの安堵感はどこへやら、場は一瞬にして底知れぬ悲しみと絶望に包まれた。
「ほむら……っ! ほむらちゃん、どこにいるの……っ!」
めろが声を張り上げて必死に名前を呼ぶが、返ってくるのは冷たいコンクリートの壁に虚しく反射した自分の声だけだった。
負傷したまなせの腕の痛みも忘れて、私たちは再び果てしない絶望の淵へと突き落とされるような冷たい恐怖に襲われた。
その時だった。
――カタッ、と。
すぐ背後にある、古びた壁のあたりから、乾いた小さな音が響いた。
それは、さっきから私たちの背後を守るようにそびえ立っていた、古びた壁面の一部だった。
「え……?」
きょうが再び警戒するように木の棒をぐっと構え直す。
全員が息を呑み、一斉にその壁へと視線を釘付けにした。
ギイイィィ……ッ。
まるで何年も、あるいは何十年も開けられていなかった蝶番が軋むような鈍く重い音を立てて、その壁の一部が、内側からパカリと外側に向かって押し開かれた。
そこにあったのは、やはり従業員用の隠し扉だった。
そして、その暗い扉の隙間から――。
「えへへ……みんな、こんなところで何やってるの?」
ぽそっと、いつもの気の抜けたような、けれど紛れもなく聞き覚えのある声が聞こえた。
さらに、ひょっこりと顔を出した影は――他でもない、行方不明になっていたはずのほむら本人だった。
◇
「「「「え……?」」」」
あまりの急展開に、私たちの思考は一瞬で完全にフリーズした。
扉の向こうにいるのは、少し服が汚れているものの、どこかきょとんとした顔をした、まぎれもない本物のほむらだった。
「ほ……ほむら……っ!?」
はんなが信じられないものを見るように目を丸くし、それから次の瞬間には、堰を切ったように大粒の涙をこぼした。
「ほむらぁぁぁ――っ!! 生きてたぁ……っ!! よかったぁ……っ!!」
「えっ、ちょ、えっ!? なんでみんなそんなに泣きそうな顔してるの……!?」
隠し扉の隙間から上半身を出したまま、ほむらは何が何だか分からないというようにパニックを起こして目を白黒させた。
しかし、そんな彼女の困惑を聞く余裕なんて、私たちにはもう残されていなかった。
「ほむらぁぁぁぁっ!!」
はんなが、めろが、そしてきょうとれむが、一斉にほむらに駆け寄り、その小さな体をまるで押し潰すかのように一斉に抱きついた。
「い、痛い痛い痛い! みんな、どうしたの急に!? 私、さっきからずっと一人でこの裏通路で迷子になってて、そしたらこの壁の裏に出られたから……!」
「よかったぁ……! 本当によかったぁ、ほむらが無事で……っ!」
メンバーたちは、ほむらの服にしがみつき、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
まなせも怪我をした腕をかばいながら、その輪にゆっくりと近づき、心の底からの安堵の息を大きく吐き出した。
よかった。本当に、本当によかった。誰も欠けることなく、7人全員が無事にここに揃ってくれたのだ。
◇
みんながしばらくの間、ほむらの温もりを確かめるようにギュッと抱きしめ合ったあと、ようやく落ち着きを取り戻した。ほむらは照れくさそうに頭を掻きながら、みんなの顔を見渡した。
「もう、みんなそんなに泣かなくてもいいじゃん。……あ、そうだ!」
ほむらは急に思い出したようにパッと表情を明るくさせ、私たちの顔を改めて見回した。
「私、さっきこの裏の通路をずっと探索してるときにね、ちゃんときれいに外に繋がってる『出口』を見つけたよ!」
「出口……っ!? 本当に……!?」
れむが驚きと期待に満ちた声で食い気味に聞き返す。
「うん、本当だよ! この隠し扉を抜けてすぐのところにある通路をまっすぐ進めば、もうすぐにこのお化け屋敷の外に出られるはずだから!」
ほむらのその明るい声は、どん底にあった私たちの心に、一筋の強い光を差し込んでくれた。
「やった……! やっと、ここから出られるんだ……!」
めろが歓喜の声を上げ、はんなも涙を拭いながらパッと笑顔を咲かせた。
◇
その時だった。
ふと、はんなが自分のポケットのあたりに手をやり、はっと何かを思い出したように動きを止めた。
「あ……そういえば」
はんなは、さっきあの人形が異常なまでの執着を見せ、私たちの命を脅かす原因となった、あの紫のクマのキーホルダーをほむらにそっと手渡した。
「これさ……さっき、あそこの床に落ちてたの。ほむらちゃんのじゃない?」
おそるおそるそれを差し出すはんなに、ほむらは首をかしげながらそのキーホルダーを受け取った。
「あれ? 鞄についてると……ない!」
ほむらは手のひらに乗せた紫のクマのぬいぐるみを見つめ、ホッとしたように息を吐いた。
「よかったー、無くしてたらまた探しにこの中を歩かなきゃいけないところだったよ」
「ありがとう、はんな。これ、絶対になくしちゃいけない大事なものだしね」
ほむらは優しく微笑みながら、はんなの頭をポンと軽く叩いた。
そして、ちょっと呆れたような、でもお姉さんらしいしっかりした口調でこう付け加えた。
「まったく、みんなもこんな薄気味悪いところで落とし物なんてしちゃダメなんだから。絶対になくしちゃダメなんだからね!」
その気の抜けた言葉に、私たちは思わず吹き出しそうになりながらも、大きく頷いた。
そうだ、もうこれで終わるんだ。この悪夢のようなお化け屋敷の探索も、これで本当に終わりにするんだ。
「よしっ……!」
まなせが息を整え、改めてみんなの先頭に立つように背筋をぴしっと伸ばした。
怪我をしたまなせの腕を、れむとほむらが両側からしっかりと支える。
「みんな、準備はいい? 行きましょ、出口へ!」
「うん……っ! 行こう!」
私たちは互いの顔をしっかりと見合わせ、もう二度と後ろを振り返ることはしないという強い意志を胸に、ほむらが発見してくれたその隠し扉の先へ――出口へと続く光に向かって、しっかりと前を向いて歩き出すのだった。




