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呑墨の耀〜終わらない夢のあと〜  作者: 空気人形


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episode.15「終わらない悪夢の果て」

「みんな、大丈夫だったか!」


暗闇の向こうから、まなせが必死の形相で駆け寄ってくる。


「まなせ、よかった……!」

「怪我はない!?」

「怖かったよー……っ」

「ねえ、全員がそろうまであと少しだよ。みんな、離れないようにしようね」


れむの落ち着いた声が、緊迫した空気の漂う薄暗い通路に静かに響き渡る。私たちは互いに顔を見合わせ、何度も大きく頷き合った。バラバラになっていた仲間たちがこうして集まりつつあるという事実だけでも、凍てつくような恐怖に支配されていた心に、わずかな温もりと確かな希望を与えてくれていた。


だが、そんな安堵の余韻に浸る時間すら、怪異は与えてくれない。


◇


「……で、そういえばさ、まなせはずっとどこにいたの? 大丈夫だったの?」

ふと、息を整えながらきょうがまなせに視線を向け、心配そうな顔で問いかけた。

まなせは苦笑いを浮かべ、冷や汗に濡れた額を手の甲で拭いながら首を横に振る。

「いや、大丈夫というか……実はさっきから、後ろからあの化け物が来ていて、逃げてきたというか……正確には、今まさに全力で逃げている真っ最中なんだ……!」

「「「「まじか……っ!?」」」」


メンバーの顔から一気に血の気が引き、青ざめる。

その言葉を証明するかのように、背後の暗闇の奥から、再びあの気味の悪い音が聞こえてきた。

ズリ、ズリ、ズリ……と地を這うような重い摩擦音と、周囲の空気がねじ曲がるような嫌な気配。

「うそでしょ……!? もうそんな近くまで来てんの……!?」

めろが悲鳴のような声をあげる。

「やっぱり、あいつは私たちのことを見逃す気なんてないんだ……! 執拗に追い詰める気だわ!」

れむが歯を食いしばりながら前方を鋭く睨みつける。


「ちょっと待って! 相手がそうやって来るなら、こっちにも対抗手段があるはずだよ!」

めろが切迫した表情で私達を引き止め、力強く言い放った。

「きょうから聞いたの! さっき戦ったとき、あいつを水の中に叩き込んだら、そのままピタリと動きが止まったって! 弱らせる方法……あいつ、水に弱いんだよ!」

「水……!? この近くに水溜まりか何かはない……!?」

はんなが半泣きになりながらあたりを見回す。


幸いなことに、すぐ近くの古い展示コーナーの隅に、かつてイベント用に使われていたのか、水がなみなみと入ったプラスチックの大きなバケツがぽつんと置かれていた。

「あれだ……! あれをかけるんだ!」


◇


私たちは一か八かの賭けに出た。

迫り来る異形の人形を前に、きょうとめろが息を合わせてその重いバケツを抱え上げ、人形の姿めがけてありったけの水をぶっかける。


「くらえっ……!!」


バシャアァァンッ!! と、勢いよく冷たい水飛沫が人形の全身に浴びせられた。

しかし――。


「え……?」


私たちの動きが、その場でピタリと凍りついた。

大量の水を浴びたはずなのに、人形はびくともしない。それどころか、不気味に歪んだ口元をさらにいやらしく吊り上げ、ギギギ……と関節を鳴らしながら、先ほどよりも明らかにスピードを上げて、這いずるようにこちらへ突進してきたのだ。


「なんで……!? 水が効かない……!?」

めろが青ざめ、信じられないというように両手で頭を抱えた。

さっきの水槽ではあんなに簡単に沈黙したというのに、なぜ今回はまったく効果がないのか。条件が違うのか、それともあの化け物が私たちの対抗手段を学習し、適応してしまったのか。

絶望的な冷気が、一瞬にして全員の背筋を凍りつかせた。


◇


「やばい……来るっ……!」


恐怖に足がすくみ、誰もがその場から一歩も動けなくなる。

その時だった。

恐怖で後ろに大きく後ずさったはんなの足元に、何かがコツンと当たった。

「……なに、これ……?」


震える声ですぐ足元に視線を落とすと、薄暗いコンクリートの床の隅に、くすんだ紫色をした「クマのキーホルダー」がぽつんと落ちていた。

修学旅行でみんなでお揃いで買った、ほむらのキーホルダーだった。

「これ……ほむらの!? もしかして……ほむらは……っ」

みんながこの場にいないほむらの最悪の事態を脳裏に想像し、息を呑む。


その紫色のキーホルダーを目にした瞬間、近づいてきた人形の動きが、それまでとは比較にならないほど異常なまでに激しさを増した。

人形は凄まじい殺気を放ちながら、はんなめがけて一直線に飛びかかったのだ。


「――はんなっ、危ないっ!!」


頭で考えるよりも早く、まなせの体が勝手に動いていた。

恐怖で硬直し、その場で目をつむってしゃがみ込むはんなを突き飛ばすように、まなせは自分の体で彼女を覆い隠すようにして飛び込んだ。


ガシュッ……!! と、耳を疑うような生々しい衝撃音が響き渡る。


「きゃあぁぁっ……!」


まなせの腕に、人形の鋭く尖った爪が深く、えぐるように突き刺さった。激痛が脳髄を駆け抜け、視界が真っ赤に染まる。鮮血が飛び散り、まなせはそのまま耐えきれずにその場に崩れ落ちた。

「まなせ……っ!? まなせ、血が……血が出てるよぉ……っ!」

はんなが泣き叫びながら、まなせの負傷した腕にしがみついて震える。

「ぐっ……大丈夫……まだ、動けるから……っ!」


◇


「ふざけやがって……! 私の友達を、これ以上傷つけるな――っ!!」


一瞬の隙。

その勝負を分ける決定的な瞬間を、剣道部エースのきょうが見逃すはずがなかった。

きょうは先ほどから手離さずに持っていた頑丈な古い木の棒を両手でしっかりと握りしめ、まるで試合の決まり手を放つかのように、思い切り地面を蹴り飛ばした。


「剣道部を……舐めんなよ……!!」


全身の力を一点に集中させ、渾身の力を込めたフルスイングの打撃が、まっすぐに人形の胴体めがけて放たれた。


バコーーーーンッ!!!


空気をも切り裂くような乾いた轟音が、薄暗い廊下に凄まじい反響を残す。

はんなを襲おうとしていた人形は、その圧倒的な衝撃波に正面から捕らえられ、まるで紙屑のように宙へと派手に弾き飛ばされた。そのまま背後にあった古いコンクリートの壁に激しく叩きつけられ、ガチャンとガラクタが崩れるような嫌な音を立てて床に転がった。


そして――。


ピクリとも、動かなくなった。


◇


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

きょうは荒い息をつきながら、構えた棒をそのままの位置で固め、じっと倒れた人形を見据えた。

静まり返った通路。ぐにゃりと不自然に四肢を歪ませたままの人形は、もう二度と起き上がる気配を見せない。


「……やった……のか?」

れむが息を呑み、おそるおそる声を漏らす。

「動いてない……完全に、ピクリとも動いてないよ……!」

めろが震える声で確認するように叫んだ。


その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた糸がプツリと切れた。

「やった……! やったぁ……!」

はんなは怪我をして血を流すまなせを支えながら、嬉し涙と恐怖の涙をボロボロとこぼし続けた。

「きょうちゃん、すごいよ……! ありがとう、助けてくれて……!」

「ふう……危なかったぁ……。みんな、怪我はない!? 私、もう心臓止まるかと思った……」

きょうは額の汗を手の甲で乱雑に拭いながら、みんなが無事かどうかを必死に見回した。


最悪の危機を、私たちは自分たちの手でどうにか乗り越えた。

まなせの腕からはまだ痛みが引かないが、倒れ伏した人形はもう動かない。全員がようやくその場にへたり込み、胸を撫で下ろすように、深く、長い安堵の息を漏らすのだった。

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