episode.14「再会と固い決意」
暗闇の奥から突如として響いてきた声に、れむが凍りついたように息を呑んだ――その緊迫した空気のまま、時は一瞬たりとも止まらなかった。背筋を凍らせるような冷たい気配が、湿った空気の隙間を縫うようにして私たちの肌を撫で付けてくる。肌の表面をピリピリと刺すような冷気は、恐怖が単なる幻覚などではなく、今まさに自分たちを取り巻く動かぬ現実であることを雄弁に物語っていた。
「――っ! はぁ、はぁ、待って、みんな……っ! そこにいるの……!?」
激しい足音とともに、暗がりの向こうから飛び出してきたのは、間違いなく私たちの知っているきょう本人だった。
制服はあちこちが擦り切れて薄汚れ、顔中が涙と汗でぐしゃぐしゃになって歪んでいる。彼女はれむたちを見つけるなり、まるで砂漠でオアシスを見つけたかのような、すがりつくような必死の目でこちらへめがけて走り寄ってきた。息は激しく切れ、胸が大きく上下している。その姿からは、ここまでにどれほどの恐怖と孤独を味わってきたのかが痛いほど伝わってきた。
「きょうちゃん……っ!?」
はんなが息を呑み、思わずその場に駆け出そうとする。足の痛みを忘れたかのようなその動きには、仲間を救いたいという純粋な焦りと切望が満ちていた。
れむはまだ一瞬だけ警戒を解いていなかった。さっきまで背後から聞こえていた数の合わない足音や、得体の知れない異形の存在が脳裏をよぎる。あの化け物は、人の形を歪ませてはんなたちを翻弄し、バラバラに分断しようとしていたのだ。安易に信じて、もしそれが人非ざるものの罠だったとしたら――。そんな最悪の想像が頭をよぎる。
◇
しかし、近づいてくるその姿をじっと凝視しても、耳に届くのは一つの足音だけだった。あの異形が膝を擦るような気味の悪い気配ではなく、ただ怯えた一人の少女が懸命に走る必死の足音だ。後ろからあの化け物が迫っている気配もない。ただひたすらに、私たちを求めて駆けてくる足音だけが、コンクリートの床を小刻みに叩いていた。
「よかった……! 本当に、みんな無事だったんだ……っ! よかったぁ……!」
きょうははんなたちの姿を確認すると、これまでの張り詰めていた糸がプツリと切れたようにその場に崩れ落ち、小さく丸くなりながら声を上げて激しく泣き出した。その細い肩が、恐怖と安堵の入り交じった感情に震えて大きく揺れている。
「怖かった……一人で暗い通路をずっと走って……そしたら、後ろから変な足音が聞こえてきて、もう今度こそ追いつかれるかと思って……!」
「きょう、もう大丈夫だからね! 私たちも今こうして合流できたところだから……!」
めろがすぐに駆け寄り、泣きじゃくるきょうの肩を力強く抱きしめた。めろ自身も恐怖で顔が引きつっていたはずなのに、目の前の友達を慰めようと必死に声を震わせている。れむも、はんなも、次々ときょうのもとへ駆け寄り、お互いの無事を確かめ合うようにギュッと抱きしめ合った。その身体の温もりは、これが作り物ではない確かな現実であることを私たちに教えてくれた。
さっきまで感じていた不気味な違和感や疑念は、目の前で本気で泣きじゃくるきょうの温かい体に触れた瞬間、まるで朝霧のようにスッと消えていった。
作り物の幻なんかじゃない。今、目の前にいるのは、紛れもなく私たちの掛けがえのない仲間である、本物のきょうだ。誰もがその温もりを確かめるように、お互いの手を強く握りしめ、冷え切った空間の中で互いの存在だけを唯一の救いとしてすがり合っていた。
◇
「こうして……無事で本当によかった……」
れむも深く息を吐き出し、それまでずっと張り詰めていた神経の緊張をようやく少しだけ緩めた。その白い顔には、わずかに安堵の色が浮かんでいる。
こうして、れむ、はんな、めろ、きょうが互いを探し当て、合流することができた。
けれど、まだ全員が揃ったわけではない。この広大な館のどこかには、まだ「ほむら」や「まなせ」が一人きりで取り残されているはずだ。
その焦りをあおるように、またしても廊下の天井に備え付けられた古い電気が、一斉に妖しくピンク色の光をチカチカと点滅させ始めた。
その奇妙な光の色は、仲間を導こうとする光のようでありながら、同時にあの異形が放つ狂気の色そのものだった。ジジジと不気味なノイズが再び空間を満たし、壁に映る私たちの影がゆらゆらと歪み始める。
「……っ! まだ、ほむらやまなせが見つかってない……!」
きょうが先ほどから手にしていた頑丈な木の棒を再びしっかりと握りしめ、冷たい光が射す前方を鋭く睨みつける。その背中は恐怖に震えながらも、仲間を守ろうとする強い決意で真っ直ぐに伸びていた。
きょうはまだ少し身体を震わせながらも、みんなの輪の中にしっかりと入り込み、その潤んだ大きな目で仲間たち一人ひとりの顔を見渡した。みんなの顔には疲労と恐怖の色が濃く滲んでいるが、それでも先ほどまでのバラバラになっていた絶望感とは明らかに違っていた。
◇
「もう二度と、怯えて逃げ隠れなんかしない。ほむらもまなせも絶対に探し出して……みんな一緒にここから脱出するよ!」
れむが静かに、けれど力強く告げると、全員がその言葉に呼応するように強くうなずいた。心が熱く一つに結ばれ、私たちは互いの手を強く、痛いほどに握りしめながら、残る仲間を救い出すため、暗闇の先へと力強い一歩を踏み出したのだった。
振り返ることはもうしない。私たちの絆が続く限り、どんな闇をも切り抜けてみせる。そう信じて、私たちは光の届かない回廊の奥へと進んでいった。鞄の中で、お揃いのクマのキーホルダーが小さくカチャリと鳴り、まるで私たちの背中を押すように静かに揺れていた。




