episode.13「自己嫌悪を越えて」
「なんてことだ……」
普段はみんなの前であんなに気丈に、誰よりも頼れるリーダーのような振る舞いを堂々としていながら、いざ自分自身の身に危険が迫り、極限の修羅場に直面した時には、その恐怖に完全に負けてしまいそうになっていたなんて。
(ごめん、みんな……私、どうしてこんな情けないところで……っ)
頭の中で、自分で自分を激しく責め立てるような醜い声がいつまでも反響する。
みんなを探さなきゃいけないはずなのに、極限の恐怖と足の痛みに負けそうになって、「もう限界だ」なんて弱音が脳裏をよぎりかけるなんて――。
誰がどのルートへ逃げたのか、自分の足取りさえもあやふやになっていく。冷たく湿った通路の空気に混じって、どうしようもない焦りと拭えない自己嫌悪の澱が、まなせの胸を痛いくらいに重く締め付けた。
◇
「はぁっ、はぁっ……ぜー、ぜー……」
まなせは重く引きずるような足をどうにか動かしながら、薄暗いコンクリートの剥き出しの床を進んでいた。
あたりを何度見回しても、そこにあるのは無機質な配管や人形のパーツ、あるいは埃をかぶった古びた小道具ばかりだ。人の気配など、どこにも感じられない。みんなは今、いったいどこでどうしているのだろう。私だけがこんな薄気味悪い裏道に入り込んでしまって、肝心のみんなは今頃どうなっている――?
しばらくの間、複雑にうねる狭い通路を必死になって探し回り、歩き続けたが、仲間の姿どころか、誰かの気配すら一向に見つからない。
どうしよう、このままでは本当に手遅れになってしまう。そう焦り始めた時だった。
前方の暗がりの奥から、コツッ、コツッ、と不気味で乾いた足音が聞こえてきた。
――足音……?
まなせは反射的にぴたりと足を止め、自分の呼吸の音さえ消すように息を殺した。
足音の主は、どうやら一人だけのようだ。
いったい誰なのだろう。私と同じようにこの裏通路に迷い込んだ、はんなやきょう、れむ、めろ、ほむらたちの誰かなのだろうか。それとも――さっきから私たちを執拗に追い回している、あの例の恐ろしい異形の人形なのだろうか。
◇
その正体が分からない以上、むやみやたらに自分の姿をさらけ出すわけにはいかない。どうすべきか迷っていると、通路の少し奥の方に、あやしい光がチラチラと見えているのが分かった。
その光の近くにあった大きな展示物の影へ身をしっかりと潜め、息を殺しながら、じっとその人物の様子を注意深く窺うことにした。
「……っ」
薄暗い通路の向こうから現れたのは、小柄な人影だった。はんな……? いや、もっと小柄な誰かかもしれない……。
近づいてくるにつれて、その輪郭がうっすらとはっきりと見えてくる。どうやらその人物は極限まで怯えた様子であたりをキョロキョロと見回しながら、小刻みに震えながら歩いている。
……誰かを探している?
耳を澄ましてよく聞いてみると、その人物はかすれた声で「みんな……どこにいるの……?」と、誰かの名を呼びながら私たちを探しているようだった。
待てよ、と頭の中で思考が回る。
ということは、今あいつが歩いてきた方向――つまり、あいつが背負ってきたその道の先には、まだ誰もいない、あるいは別のルートが広がっているということだ。
「こっちから来たということは……私たちが探しているみんなは、今から私が向かう方にいるに違いない……!」
◇
脳裏に鋭い電撃が走る。
今、仲間の一人が、あの恐ろしい異形と遭遇する危険なエリアへとまさに近づこうとしているかもしれない。あるいは、このままでは別の仲間が一人で追い詰められてしまうかもしれない。
友をそんな危険な場所にさらしておくわけにはいかない。私があの化け物の注意をすべて引きつけなければ、みんなが危ないんだ。
その時だった。
「……ッ!」
まなせの少し離れた場所、通路の分岐点の向こうから、別の聞き慣れない這いずるような異様な気配が、ぞっとするほどのスピードで近づいてきた。
あの忌まわしい異形の人形だ。
人形は、その人物の気配に気がついたのか、それとも別の新鮮な獲物を嗅ぎつけたのか、一瞬だけピタリと動きを止め、不気味に首をねじ曲げた。そして、その人物がいる方向とは別の、まさに今みんながいるかもしれない通路の奥へと、ものすごいスピードで向かおうと身構えた。
「まずい……っ!」
血の気が一気に引いていくのを感じた。
あの化け物がそのままの勢いで進めば、今まさに前方で仲間を探している誰かが、まっすぐに襲われてしまう。
何か……何か、あいつの注意をこちらに引きつける方法はないものか……!
どうすればあの化け物の足を止められる? 考えて、頭をフル回転させるんだ、私……!
◇
焦燥感で頭がどうにくなりそうになったその瞬間、奇妙なことが起きた。
なぜか目の前の視界に、ピンク色のクマのような淡い光の影がぽっと浮かび上がり、人形に向かって「こっちだよ」と語りかけるようにその光を揺らした。
まるで背後から別の鋭い気配を感じ取ったかのように、あんなにも執拗に前へ進もうとしていた異形の人形が、そのピンクの光の気配を急に気にしだし、ぴたりと動きを止めさせたのだ。
そして、気味の悪い四肢をガクガクと震わせながら、まるで何か目に見えない力から引き戻されるように、元来た道をゆっくりと、しかし確実に引き返そうとし始めた。
――え? なんで……? あの光はなに? でも、どうしてあっち側へ戻っていくの?
そんな不可解な理由なんて、今の私にはいくら考えても分からない。でも、今が仲間を救うための最大のチャンスだということだけは、本能ですべて理解した。
「よしっ……!」
まなせは心の中で強く叫び、隠れていた展示物の陰から、思い切って一気に走り出した。
ガタッ、と、静けさを切り裂くように勢いよく踏み出した足音が、静まり返った従業員通路の壁に盛大に響き渡る。
その突然の大きな物音に、元へ戻ろうとしていた人形が、ハッと鋭く振り返るようにこちらを向いた。
闇の奥から、ぎょろりとした不気味で生気のない目が、一瞬でこの私を正確にとらえた。
もう、逃げ出したり、ここで立ち止まるわけにはいかない。
ここで私が恐怖に負けてビビって逃げ出したり、立ち止まったりしたら、今度こそ私達全員の終わりだ。
みんなは私が守るんだ。私たちが、みんな揃って一緒にこの悪夢の館から生きて出るんだから……!!
胸の奥に残っていた恐怖をすべてかなぐり捨て、まなせは声を張り上げながら、一歩も引かずに前へと力強く駆け抜けたのだった。




