第九話 答え合わせ
翌朝。
クリスは執務室で書類に目を通していた。
「殿下。」
護衛騎士のアレンが一礼する。
「昨日のことですが……。」
「昨日?」
「フラン嬢のことです。」
ペンを動かしていたクリスの手が止まる。
「どうかしましたか。」
「いえ、どうかしたのは殿下です。」
「……?」
クリスは首を傾げた。
「殿下は昨日、『胸が苦しかった』と仰いました。」
「ええ。」
「しかも、その原因はフラン嬢が幼なじみの男性と楽しそうに話していたから。」
「そうです。」
「殿下。」
アレンは一歩近づいた。
「それを一般的には『嫉妬』と呼びます。」
部屋が静まり返る。
「……嫉妬。」
「はい。」
クリスは少し考え込んだ。
「ですが、おかしいですね。」
「何がでしょう。」
「私は彼女の幸せを願っています。」
「それと嫉妬は別です。」
「別。」
「好きな人が他の異性と親しそうにしていれば、誰でも多少は面白くないものです。」
「好きな人。」
その言葉を、クリスは静かに繰り返した。
「つまり。」
「はい。」
「私はフランが好きなのですか。」
アレンはゆっくり頷いた。
「おそらく。」
クリスは黙った。
窓から差し込む朝日を見つめながら、昨日までの出来事を思い返す。
初めて出会った日。
子どもを助けようとして飛び出した姿。
王子である自分にも臆せず言い返したこと。
花を説明する時の笑顔。
名前を呼ぶと返事をしてくれる声。
仕事終わりの「お疲れさまでした」。
その一つ一つが、自然と頭に浮かぶ。
「……そうですか。」
短く呟く。
驚きも、動揺も表情には出ない。
いつも通りの無表情。
けれど。
「恋とは。」
クリスは静かに立ち上がった。
「意外と分かりやすいものなのですね。」
アレンは嫌な予感がした。
「殿下……?」
「好きなら。」
一拍置いて、クリスは当然のように言った。
「求婚すればよいのですね。」
「…………はい?」
アレンの思考が止まる。
「え?」
「好きなのですから。」
「い、いやいやいや!」
アレンは王族相手であることも忘れ、慌てて首を振った。
「順番があります!」
「順番。」
「まずはお互いを知って、少しずつ距離を縮めて、それからお付き合いをして……!」
「すでに毎日会っています。」
「そういう問題ではありません!」
クリスは少し考えた。
「では。」
「はい。」
「今日、誘います。」
「どこへですか?」
「デートに。」
「…………。」
アレンは天井を見上げた。
(終わった。)
(殿下が恋を自覚してしまった。)
(ここから先は、誰にも止められない……。)
一方その頃。
何も知らないフランは、いつものように花屋の店先で花に水をやっていた。
「今日はクリス殿下、何のお花を買いに来るのかな。」
まさか今日から。
氷の王子の猛アプローチが始まるなど、夢にも思っていなかった。




