第十話 迎えに来ました
カラン。
店の扉が開く。
「こんにちは。」
聞き慣れた落ち着いた声に、私は笑顔を向けた。
「いらっしゃいませ、クリス殿下。」
いつものように花を選ぶのだろう。
そう思っていた。
しかし、クリス殿下は店の中央で立ち止まる。
「本日は花ではありません。」
「……え?」
店主も私も首をかしげた。
「フラン。」
「はい。」
「仕事は何時に終わりますか。」
「え?」
突然の質問に戸惑う。
「えっと……夕方ですが。」
「分かりました。」
クリス殿下は静かに頷いた。
「迎えに来ます。」
「…………。」
店内が静まり返る。
「……はい?」
「仕事が終わる頃に迎えに来ます。」
「えっ!? ど、どうしてですか!?」
「昨日、誘うと決めました。」
「何をですか?」
「あなたを。」
嫌な予感しかしない。
クリス殿下は相変わらずの無表情で続けた。
「街へ行きましょう。」
「ま、街?」
「はい。」
「それって……。」
「デートです。」
「…………え?」
頭の中が真っ白になる。
今、この人。
なんて言った?
「で、で、デートですか!?」
「はい。」
「な、なんで!?」
「好きだからです。」
「…………。」
「…………。」
店中の時間が止まった。
店主は口を開けたまま固まり、お客さんが花束を落とす。
私は瞬きを繰り返した。
「す、好き……?」
「はい。」
あまりにも自然に肯定される。
まるで、
『今日は晴れですね』
くらいの調子で。
「い、いやいやいや!」
私は慌てて首を振った。
「殿下、私たち出会ってまだそんなに経ってませんよ!?」
「知っています。」
「私はただの没落男爵令嬢ですし!」
「知っています。」
「身分も違います!」
「知っています。」
「だったらどうしてですか!?」
クリス殿下は少しだけ考え、
静かに答えた。
「好きになる理由に、身分は関係ありません。」
その一言に、私は言葉を失った。
真っ直ぐな瞳。
嘘をついているようには見えない。
だからこそ困る。
「お返事は急ぎません。」
クリス殿下は一歩下がる。
「今日はお誘いだけです。」
「え……?」
「ですが。」
一拍置いて、
「夕方、迎えに来ます。」
「話聞いてました!?」
「はい。」
「断るかもしれないですよ!?」
「待ちます。」
「なんでそんなに前向きなんですか!」
クリス殿下は少しだけ首をかしげた。
「好きな人を誘うのは、普通ではありませんか。」
「普通じゃありません!」
店中に私の声が響く。
クリス殿下は静かに一礼した。
「では、夕方に。」
そう言い残し、本当に帰っていった。
静まり返る花屋。
数秒後。
「フラン……。」
店主が震える声で言った。
「……人生最大のモテ期かもしれんぞ。」
「違いますよ!」
私は頭を抱えて叫んだ。
「なんなんですか、あの王子様ーっ!!」




