第十一話 初めてのお出かけ
夕方。
閉店の時間が近づくにつれ、私は何度も店の外を見てしまっていた。
「気になるか?」
店主がにやにや笑う。
「気になってません!」
「そうか?」
「気になってません!」
そう言い返した、その時。
コトリ、と馬車が止まる音がした。
「来たぞ。」
「……。」
恐る恐る外を見る。
やっぱり。
店の前には王家の紋章が入った馬車。
その隣には、真っ直ぐ立つクリス殿下。
本当に来た。
「……帰ったりしますかね。」
「帰らんだろ。」
「はぁ…帰ります!」
私は深呼吸をして店を出た。
「お待たせしました。」
クリス殿下は静かに一礼する。
「お仕事、お疲れ様でした。」
「ありがとうございます。」
「では、参りましょう。」
「その前に!」
私は両手を前へ出した。
「確認なんですけど。」
「はい。」
「これはデートじゃないです。」
「……。」
「街を歩いて、お話をするだけです。」
「はい。」
「勘違いしないでくださいね!」
「分かりました。」
思ったより素直だった。
少し安心する。
「では。」
クリス殿下が馬車の扉を開ける。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
馬車へ乗り込むと、向かい側へクリス殿下も腰を下ろした。
馬車がゆっくりと走り出す。
車内は静かだった。
気まずい。
何か話さなきゃ。
「あの……。」
「はい。」
「今日はどちらへ?」
「市場です。」
「市場?」
「あなたは下町で暮らしています。」
「はい。」
「ですが、一緒に歩いたことはありません。」
「確かに。」
「なので、案内してください。」
思わず笑ってしまった。
「案内って、王子様をですか?」
「はい。」
「普通は逆ですよ?」
「私は市場を知りません。」
真顔で言われる。
そういえば。
王子様が下町を歩くことなんて、ほとんどないのかもしれない。
「それなら、お任せください!」
「よろしくお願いします。」
◇ ◇ ◇
市場へ着くと、私はいつものように歩き始めた。
「ここは果物屋さんです!」
「はい。」
「こっちはパン屋さん。」
「はい。」
「ここのコロッケ、美味しいんですよ!」
「そうですか。」
クリス殿下は静かについてくる。
興味深そうに店を眺めていた。
「殿下は、こういう場所は初めてですか?」
「はい。」
「意外です。」
「城へ届けられるので。」
「なるほど。」
歩いていると、八百屋のおじさんが私を見つけた。
「おーい、フラン!」
「こんにちは!」
「今日は彼氏連れか!」
「違います!!」
私の声が市場中に響く。
おじさんは豪快に笑った。
「はっはっは! 照れるな照れるな!」
「照れてません!」
私は慌ててクリス殿下を見る。
「すみません! あのおじさん、すぐそういうこと言うんです!」
「気にしていません。」
クリス殿下はいつも通りだった。
よかった。
そう思った、その時。
「彼氏。」
クリス殿下が小さく呟く。
「え?」
「その呼び方は、恋人という意味ですね。」
「そ、そうですけど!」
「……。」
少しだけ考え込むクリス殿下。
嫌な予感がする。
「では。」
「はい?」
「次は、本当にそう呼ばれるよう努力します。」
「努力しなくていいです!!」
市場に、私の叫び声が響き渡った。




