第十二話 手をどうぞ
「努力しなくていいです!!」
市場中に私の叫び声が響く。
周りの人たちがくすくすと笑う。
クリス殿下だけが、不思議そうに首をかしげていた。
「何か間違えましたか。」
「全部です!」
「そうですか。」
本当に分かっていない顔だ。
……この人、天然なのかな。
◇ ◇ ◇
「次はこちらです。」
私はクリス殿下を市場の奥へ案内する。
雑貨屋や洋服屋が立ち並び、夕方ということもあって多くの人で賑わっていた。
「今日は人が多いですね。」
「いつもこんな感じですよ。」
すると。
「きゃー!」
子どもが勢いよく走ってきた。
「危ない!」
私はとっさに避けようとする。
その瞬間。
ぐいっ。
「え……?」
腕を軽く引かれ、気づけば私はクリス殿下のすぐ隣にいた。
子どもはそのまま駆け抜けていく。
「大丈夫ですか。」
クリス殿下が静かに尋ねる。
「は、はい……。」
心臓がどきどきしていた。
子どもにぶつかりそうだったから。
……それだけじゃない。
腕を引かれた距離が、近すぎた。
「失礼しました。」
クリス殿下はすぐに手を離す。
「咄嗟に体が動きました。」
「い、いえ! 助けていただいてありがとうございました!」
「当然です。」
その言葉に、少しだけ胸が温かくなる。
◇ ◇ ◇
市場を歩き続けていると、小さな石橋へたどり着いた。
川幅は狭いが、人が多く、橋の上は少し混雑している。
「お気を付けください。」
クリス殿下が先に橋へ足をかけた。
そして。
私へ向かって、すっと右手を差し出す。
「……え?」
「手をどうぞ。」
私は固まった。
「だ、大丈夫です!」
「橋は滑ります。」
「毎日渡ってます!」
「今日は人が多いです。」
「それでも大丈夫です!」
クリス殿下は差し出した手を引っ込めない。
「転んでは危険です。」
「転びません!」
「絶対ですか。」
「た、多分……。」
「では。」
真顔のまま。
「手をどうぞ。」
「だから大丈夫ですって!」
思わず一歩下がる。
すると後ろから、
「あっ!」
誰かに軽くぶつかられた。
体勢が崩れる。
「きゃっ!」
倒れる。
そう思った瞬間。
ふわり。
腰に腕が回り、体が支えられた。
「危ない。」
目の前にはクリス殿下。
息がかかりそうなくらい近い。
「……っ!」
顔が熱くなる。
「ほら。」
クリス殿下は何事もなかったかのように言う。
「危険でした。」
「うぅ……。」
反論できない。
「ですので。」
また手を差し出す。
「手をどうぞ。」
私は真っ赤な顔で小さく頷いた。
「……少しだけ、ですよ。」
「はい。」
クリス殿下は優しく私の手を取る。
その手は少しひんやりしていて。
でも、不思議と安心する温もりがあった。
二人は並んで橋を渡る。
その様子を少し離れた場所から見ていた護衛騎士アレンは、小さく拳を握った。
(殿下……!)
(初めて女性と手を繋げましたね……!)
まるで自分のことのように感動していた。




