第十三話 もっと知りたい
市場の橋を渡り終えると、私はそっと手を離した。
「ありがとうございました。」
「いえ。」
クリス殿下も何事もなかったかのように手を下ろす。
その落ち着いた様子に、私だけがドキドキしていたことが恥ずかしくなった。
(落ち着け、私……。)
軽く頬を叩いて気持ちを切り替える。
「次はどちらへ?」
クリス殿下が尋ねた。
「あっ、甘いものはお好きですか?」
「甘いもの、ですか。」
「市場の奥に、とっても美味しいクレープ屋さんがあるんです!」
「食べたことはありません。」
「じゃあ、決まりです!」
私はクリス殿下を連れて屋台へ向かった。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃい!」
甘い香りが漂う屋台には、焼きたてのクレープが並んでいる。
「私はいちごクリーム!」
「では、私も同じものを。」
「え? 殿下も?」
「あなたのおすすめなのでしょう。」
「そうですけど……。」
店主からクレープを受け取り、近くのベンチへ腰を下ろす。
「いただきます。」
「いただきます。」
クリス殿下は一口食べると、ゆっくり味わうように咀嚼した。
「……いかがですか?」
「甘いです。」
「それはそうです!」
思わず吹き出してしまう。
クリス殿下は不思議そうに私を見る。
「何かおかしいことを言いましたか。」
「いえ、その……正しいんですけど、あまりにもそのままだったので。」
「そうですか。」
「美味しいですか?」
「はい。」
短く答えたあと、小さく続ける。
「とても美味しいです。」
「良かった!」
自分が作ったわけでもないのに、なんだか嬉しくなった。
しばらく二人でクレープを食べる。
沈黙なのに、不思議と気まずくない。
「フラン。」
「はい?」
「一つ、お聞きしてもよろしいですか。」
「もちろんです。」
「休日は、どのように過ごしていますか。」
「休日ですか?」
少し考えてから答える。
「母と買い物へ行ったり、本を読んだり、お菓子を作ったりします。」
「お菓子も。」
「得意ってほどじゃないですけど、母が甘いもの好きなので。」
「そうですか。」
「殿下は?」
「剣術。」
「はい。」
「執務。」
「はい。」
「読書。」
「それは休日っぽいですね!」
「法律書です。」
「……仕事じゃないですか。」
思わず肩を落とすと、クリス殿下は少し首を傾げた。
「休日とは違うのですか。」
「違います。」
私は笑いながら答える。
「もっと肩の力を抜く日ですよ。」
「肩の力を。」
「好きなことをして、ゆっくり過ごす日です。」
クリス殿下は真剣な表情で頷いた。
「勉強になりました。」
「ふふっ。」
また真面目に受け止めてる。
「殿下って、本当に真面目なんですね。」
「そうでしょうか。」
「はい。」
「初めて言われました。」
「えっ?」
「皆、真面目ではなく『近寄りがたい』と言います。」
その言葉に、私は少しだけ胸が痛んだ。
王都中で『氷の王子』と呼ばれる人。
きっと、周りは王太子としてしか見てこなかったのだろう。
「私は……。」
気づけば、言葉が口からこぼれていた。
「近寄りがたいとは思いません。」
クリス殿下が静かに私を見る。
「最初は怖かったですけど。」
「……。」
「でも、お話ししてみたら、不器用なだけなんだなって思いました。」
一瞬、沈黙が流れる。
しまった。
王太子に向かって『不器用』なんて言ってしまった。
「す、すみません!」
「謝る必要はありません。」
クリス殿下は穏やかな声で答える。
「そのように言われたのは、初めてです。」
無表情は変わらない。
それでも、その声はどこか柔らかかった。
私は少しだけ安心して、残っていたクレープを一口かじる。
甘いはずなのに。
さっきより少しだけ、胸の方が温かかった。




