第十四話 また会えますか
市場を歩き回っているうちに、空は茜色に染まっていた。
「もうこんな時間。」
私が空を見上げると、クリス殿下も静かに空を見上げる。
「長居してしまいました。」
「いえ。」
私は首を横に振った。
「私も楽しかったです。」
その言葉に、クリス殿下は静かに頷く。
「それを聞けて安心しました。」
王子らしい堅い言い方に、思わず笑みがこぼれる。
「家までお送りします。」
「ありがとうございます。」
一度お礼を言ってから、私は続けた。
「でも、大丈夫です。」
「日も暮れ始めています。」
「家はすぐ近くなんです。」
クリス殿下は少しだけ考え込む。
「では、馬車だけでもお使いください。」
「お気持ちだけで十分です。」
私は笑って首を振る。
「歩いて帰ります。」
少しの沈黙。
やがてクリス殿下は静かに頷いた。
「……分かりました。」
無理に勧めてこないところが、この人らしい。
「本日はありがとうございました。」
クリス殿下が丁寧に頭を下げる。
「私にとって、とても有意義な時間でした。」
「そんな、大げさですよ。」
「大げさではありません。」
真顔で返されてしまう。
思わず吹き出しそうになるのをこらえた。
「こちらこそ、ありがとうございました。」
私も頭を下げる。
「それでは。」
私は歩き出そうとした。
「フラン。」
名前を呼ばれ、振り返る。
「はい?」
「また、お誘いしてもよろしいでしょうか。」
その声はいつも通り落ち着いている。
けれど、返事を待つ瞳はどこか真剣だった。
「もちろん、ご都合が悪ければ遠慮なく断ってください。」
私は少しだけ考える。
今日のことを思い返す。
市場を歩いて。
一緒にクレープを食べて。
他愛のない話をして。
気づけば、あっという間に時間が過ぎていた。
「……今日は、本当に楽しかったです。」
クリス殿下は黙って私の言葉を待っている。
「ですから。」
私は小さく微笑んだ。
「また時間が合えば、ご一緒しましょう。」
一瞬だけ、クリス殿下の肩から力が抜けたように見えた。
「ありがとうございます。」
その一言には、どこか安堵が滲んでいた。
「では、お気をつけて。」
「殿下も、お気をつけて。」
お互いに軽く会釈を交わす。
私は家へ。
クリス殿下は王城へ。
別々の道を歩き始めた。
振り返ることはなかった。
けれど、不思議とまたすぐ会えるような気がしていた。




