第八話 初めての嫉妬
翌日。
「おはようございます、フラン。」
「おはようございます、クリス殿下。」
いつものように花屋へ現れたクリスは、店先に並ぶ花を眺めていた。
その時だった。
「フラーン!」
聞き慣れた声が響く。
「ルーク?」
ルークがパンの包みを片手に駆け寄ってくる。
「母さんが焼きすぎたんだ。良かったら食べろ。」
「え、ありがとう!」
「おばさんにも渡して。」
「うん!」
二人が笑い合う。
その様子を、クリスは黙って見ていた。
「殿下、お花はこちらで――」
「……あの方とは。」
「え?」
「昨日も一緒でした。」
「ああ、ルークですか?」
私は笑顔で答える。
「小さい頃からの幼なじみなんです。」
「幼なじみ。」
「はい。兄妹みたいなものですよ。」
クリスは静かにルークを見る。
ルークはパンを渡し終えると、私の頭をぽんっと軽く叩いた。
「今日も頑張れよ。」
「子ども扱いしないで!」
二人で笑う。
その瞬間だった。
「フラン。」
クリスが私の名前を呼ぶ。
「はい?」
「花束ができましたか。」
「あっ、すみません!」
私は慌てて包み直す。
クリスは花束を受け取り、代金を支払った。
そして。
「失礼します。」
そのまま店を出て行った。
「……なんか今日は早かったね。」
私は首をかしげる。
◇ ◇ ◇
王城へ戻る馬車の中。
護衛騎士が恐る恐る口を開く。
「殿下。」
「なんですか。」
「今日は随分とお帰りが早かったですね。」
「そうですか。」
「何かございましたか?」
クリスは少しだけ考えた。
「……分かりません。」
「はい?」
「胸が、少し苦しいのです。」
護衛騎士は目を瞬かせた。
「体調が優れないのでしょうか?」
「違います。」
クリスは窓の外を見つめる。
「フランがあの男性と笑っているのを見てからです。」
「…………。」
護衛騎士は確信した。
(殿下。)
(それは完全に嫉妬です。)
しかし、クリスはまだ気づいていない。
「不思議です。」
「……。」
「フランが笑うこと自体は良いことです。」
「はい。」
「ですが。」
一拍置き、クリスは静かに続けた。
「私の知らない表情で笑っていました。」
その声はいつもと変わらず穏やかだった。
けれど。
「……少しだけ、面白くありませんでした。」
護衛騎士は思わず額を押さえる。
(とうとう始まった……。)
氷の王子が、生まれて初めて抱いた感情。
それは恋の始まりを告げる、小さな嫉妬だった。




