第七話 婚約者候補
いつものように、クリス殿下が花を買って帰った日の午後。
「フラン!」
店の扉が勢いよく開いた。
顔を上げると、幼なじみのルークが立っていた。
「ルーク。」
「聞いたぞ! 王太子殿下が毎日来てるって本当か?」
「声が大きい!」
慌てて口を塞ぐ。
「しーっ!」
「だって王都中の噂だぞ?」
「噂?」
「『氷の王子が毎日同じ花屋に通ってる』って。」
思わず頭を抱える。
「そんな……。」
まさか噂になるなんて。
「でも安心した。」
「え?」
「お前、怒らせたんじゃなくてよかった。」
ルークはほっと胸を撫で下ろした。
「俺なんか最初、『毎日様子を見に来てる』のかと思ったぞ。」
「わ、私もそう思ってた……。」
二人で苦笑いする。
その時だった。
カラン。
店のベルが鳴る。
「こんにちは。」
「…………。」
「…………。」
店内の空気が止まる。
クリス殿下だった。
そして。
視線は真っ直ぐルークへ。
「お客様ですか。」
いつもと変わらない、穏やかな敬語。
なのに、なぜだろう。
少しだけ空気が冷えた気がした。
「あ、えっと……。」
「幼なじみです!」
私が慌てて答える。
「ルークっていいます。」
「ルーク・ハインズです。」
ルークも慌てて頭を下げた。
クリスは静かに頷く。
「そうですか。」
沈黙。
誰も話さない。
(気まずい……。)
「今日はどのお花になさいますか?」
慌てて話題を変える。
「白いバラを。」
「かしこまりました。」
花束を包み終え、手渡す。
クリスは代金を払い、受け取った。
「失礼します。」
それだけ言って店を出ていく。
「はぁ……。」
私とルークは同時に息を吐いた。
「すごい威圧感だったな……。」
「そんなことないよ。」
「いや、あった。」
ルークは真顔で頷く。
「俺をずっと見てたぞ。」
「気のせいじゃない?」
「……そうかな。」
◇ ◇ ◇
その夜。
王城。
「殿下。」
護衛騎士が書類を差し出す。
「来月の夜会ですが、各国から婚約者候補のご令嬢がいらっしゃいます。」
「そうですか。」
「王妃様より、必ず出席するようにと。」
「分かりました。」
クリスは淡々と答える。
「婚約者候補の中には、公爵令嬢や侯爵令嬢もおられます。」
「興味ありません。」
即答だった。
護衛騎士は思わず苦笑する。
「そうおっしゃると思いました。」
クリスは窓の外を見る。
なぜか。
今日、花屋で見た光景が頭から離れない。
フランが幼なじみと笑っていた。
それを思い出すたび、胸の奥が妙に落ち着かなかった。
(……なぜでしょう。)
この時のクリスはまだ。
それが嫉妬という感情だとは、気づいていなかった。




