第五十五話 内通者
フランの予定表。
その言葉が、頭から離れなかった。
「……私の予定を、ずっと?」
「はい。」
クリス殿下は紙から目を離さない。
「花屋へ行く時間だけではありません。」
「え?」
「昨日、王宮へ来た時間まで書かれています。」
私は息を呑んだ。
「では……。」
「王宮の中に、情報を流している者がいる可能性が高いです。」
「……。」
怖くなって、思わずクリス殿下の袖を掴む。
すると。
クリス殿下が私の手を握った。
「大丈夫です。」
「でも……。」
「もう、あなたを一人にはしません。」
その声は静かだった。
けれど。
強い決意が込められていた。
「殿下。」
「はい。」
「どうして私なんでしょう。」
クリス殿下は少し黙った。
「……おそらく、私への牽制です。」
「殿下への?」
「はい。」
クリス殿下が私を見る。
「私が王太子になる可能性が高いことは、貴族たちも知っています。」
「……。」
「だから、私の弱点になり得るあなたを狙っている。」
胸が苦しくなる。
「私が殿下の婚約者になったから……。」
「それだけではありません。」
「え?」
「あなたが、私にとって大切な存在になったからです。」
「……。」
その言葉に。
胸が熱くなる。
「だからこそ。」
クリス殿下が私の手を強く握る。
「絶対に守ります。」
◇ ◇ ◇
その日の夜。
王宮では、すべての出入りが厳しく確認されることになった。
騎士たちは使用人まで一人ずつ確認していく。
私の部屋の周囲にも、常に護衛が立っている。
「ここまでしなくても……。」
「必要です。」
クリス殿下は即答した。
「犯人が王宮の内部にいるなら、油断できません。」
「……はい。」
クリス殿下は私の部屋の前まで来ると、足を止めた。
「今日は、ここまでにします。」
「殿下。」
「はい?」
「ありがとうございました。」
「何がですか?」
「ずっとそばにいてくれて。」
クリス殿下が少しだけ笑う。
「婚約者ですから。」
「……。」
「それに。」
一歩近づく。
「私がそうしたいんです。」
私は顔が熱くなるのを感じた。
「では、おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
クリス殿下が去っていく。
私は部屋へ入った。
◇ ◇ ◇
深夜。
王宮は静まり返っていた。
廊下を一人の侍女が歩いている。
手には、小さな封筒。
周囲を確認する。
誰もいない。
侍女は立ち止まり。
壁に隠された小さな隙間へ封筒を押し込んだ。
「これで……。」
その瞬間。
「何をしている?」
「……!」
侍女が振り返る。
そこに立っていたのは。
クリス殿下だった。
「殿下……。」
「その封筒を見せてください。」
「……。」
「早く。」
侍女の顔から血の気が引く。
「申し訳……ありません。」
「誰に頼まれた?」
「……。」
「答えてください。」
侍女は震えながら口を開いた。
「わ、私は……。」
その時。
遠くで鐘が鳴った。
侍女は突然、封筒を握り潰した。
「何を――」
次の瞬間。
侍女が走り出す。
「待て!」
クリス殿下が追う。
しかし。
廊下の角を曲がったところで。
侍女の姿は消えていた。
床には。
握り潰された封筒だけが落ちている。
クリス殿下が拾い上げる。
封筒の表には。
一つの名前が書かれていた。
「……フラン。」
その瞬間。
クリス殿下の表情が凍りついた。




