第五十三話 守るために
男が逃げたあと。
王宮は一気に騒がしくなった。
廊下を騎士たちが走っていく。
扉の外には、さらに多くの護衛が配置された。
私は部屋の中で、クリス殿下と向かい合っていた。
「フラン。」
「はい。」
「怖かったでしょう。」
「……少し。」
正直に答える。
「でも、殿下が来てくれたので大丈夫です。」
「……。」
クリス殿下は黙った。
そして。
「私が、あなたを王宮へ連れてきたせいです。」
「違います。」
「ですが。」
「王宮にいても狙われたんですよね。」
「……はい。」
「だったら、どこにいても同じです。」
クリス殿下が私を見る。
「だから、自分を責めないでください。」
「……。」
少しだけ目を伏せる。
「それでも。」
「はい?」
「あなたを危険な目に遭わせたくありません。」
その声は、いつもより弱かった。
私はクリス殿下の手を取る。
「殿下。」
「はい。」
「私は、殿下のそばにいたいです。」
「……。」
「だから、勝手に離れようとしないでください。」
クリス殿下が驚いたように私を見る。
「私が守るつもりだったのですが。」
「私も殿下を支えたいんです。」
「……。」
しばらく沈黙が続く。
やがて。
クリス殿下が私の手を握り返した。
「分かりました。」
「はい。」
「では、約束してください。」
「何をですか?」
「何かあれば、必ず私に言うこと。」
「はい。」
「一人で動かないこと。」
「分かりました。」
「そして。」
クリス殿下が真っ直ぐ私を見る。
「私を信じてください。」
「……はい。」
私は頷いた。
「信じています。」
その言葉を聞いて。
クリス殿下の表情が少しだけ緩んだ。
◇ ◇ ◇
翌朝。
国王陛下のもとへ、昨夜の事件について報告が集められた。
クリス殿下も呼ばれていた。
「父上。」
「クリス。」
陛下は険しい表情をしていた。
「昨夜の男は?」
「逃げられました。」
「そうか。」
「ですが、内部に協力者がいることは間違いありません。」
陛下が頷く。
「私もそう考えている。」
「ならば、王宮内の者を調べます。」
「慎重にやれ。」
「はい。」
クリス殿下は拳を握る。
「フランを狙った理由も、必ず突き止めます。」
「クリス。」
「はい。」
「感情だけで動くな。」
「……分かっています。」
「本当にか?」
陛下の問いに。
クリス殿下は少し黙った。
「……難しいかもしれません。」
陛下がため息をつく。
「やはりな。」
その時。
「失礼いたします。」
扉の外から声がした。
「入れ。」
騎士が入ってくる。
「昨夜逃げた男について、分かったことがあります。」
「何だ?」
「男が逃げる直前、こちらを落としました。」
騎士が小さな物を差し出す。
それは。
銀色の指輪だった。
クリス殿下が受け取る。
「……。」
指輪には。
見覚えのある紋章が刻まれていた。
「これは……。」
クリス殿下の表情が変わる。
「どうした?」
「この紋章。」
クリス殿下が指輪を握りしめる。
「王宮でも知られている、ある侯爵家の紋章です。」
「侯爵家だと?」
「はい。」
陛下の顔からも笑みが消える。
「まさか……。」
クリス殿下は静かに呟いた。
「フランを狙っていたのは、ただの令嬢ではありません。」
そして。
「その背後には、貴族がいる。」
事件は。
思っていたより、ずっと大きなものになっていた。




