第五十二話 王宮の中の敵
手紙を握ったまま。
私はしばらく動けなかった。
『王宮にいても、逃げられません。』
頭の中で、その言葉が何度も繰り返される。
「フラン様?」
侍女が心配そうに声をかけた。
「この手紙……誰からですか?」
「分かりません。」
「誰かに渡されたんですか?」
「いいえ。」
侍女は首を横に振る。
「部屋の前に置かれていました。」
「……。」
王宮の中。
誰でも簡単に入れる場所ではない。
それなのに。
「殿下を呼んでください。」
「承知しました。」
侍女が急いで部屋を出ていく。
◇ ◇ ◇
数分後。
扉が勢いよく開いた。
「フラン!」
「殿下。」
クリス殿下が駆け寄ってくる。
「手紙は?」
「これです。」
渡すと。
クリス殿下は一瞬で目を通した。
「……。」
表情が消える。
「殿下?」
「誰が持ってきたか分かりますか?」
「部屋の前に置かれていたそうです。」
「そうですか。」
クリス殿下は侍女を見る。
「この部屋の前を通った者を全員調べてください。」
「はい。」
「それと、この部屋の周囲に騎士を配置します。」
「承知しました。」
侍女が出ていく。
クリス殿下は手紙を握りしめた。
「……王宮の中に、協力者がいる。」
「協力者?」
「はい。」
その声は低かった。
「誰かが、内部の人間を使っている可能性があります。」
私は不安になった。
「そんな……。」
「大丈夫です。」
クリス殿下が私の前に立つ。
「必ず見つけます。」
その時。
廊下から騎士の声が聞こえた。
「殿下!」
「どうしました?」
「先ほどの侍女を見失いました!」
「……何?」
クリス殿下の表情が変わる。
「どの侍女ですか?」
「フラン様の部屋から出た侍女です。」
「……。」
クリス殿下がすぐに扉へ向かう。
「フランはここにいてください。」
「はい。」
扉が閉まる。
私は一人になった。
けれど。
ほんの数秒後。
廊下から大きな音がした。
「何!?」
私は思わず立ち上がる。
扉を開けようとする。
その瞬間。
「開けないでください!」
外から騎士の声がした。
「フラン様!」
「はい!」
「絶対に部屋から出ないでください!」
「分かりました!」
私は扉から離れた。
心臓が激しく鳴っている。
すると。
窓の外に。
一瞬だけ、人影が見えた。
「……え?」
私は窓へ近づく。
けれど。
もう誰もいない。
その時。
背後から。
「動かないでください。」
低い声がした。
「……!」
振り返る。
そこには。
見知らぬ男が立っていた。
「声を出すな。」
男がこちらへ近づいてくる。
私は後ずさった。
「誰……?」
「クリス殿下に伝えてください。」
男が笑う。
「あなたを狙っているのは、私たちだけではないと。」
「……!」
次の瞬間。
扉が開いた。
「フラン!」
クリス殿下だった。
男が振り返る。
「……殿下。」
「フランから離れろ。」
クリス殿下の声が低く響く。
男は一瞬だけ笑った。
「やはり、あなたは彼女のことになると冷静ではいられない。」
「黙れ。」
クリス殿下が一歩前へ出る。
「その手を離せ。」
男は私から離れた。
そして。
窓へ向かって走り出した。
「待て!」
騎士たちが追いかける。
男は窓から外へ飛び出した。
「殿下!」
クリス殿下がすぐに私のところへ来る。
「怪我は?」
「ありません……。」
「本当に?」
「はい。」
クリス殿下は私を強く抱きしめた。
「……良かった。」
その声が震えていた。
私は何も言えず。
ただ、クリス殿下の背中に手を回した。
けれど。
まだ終わっていない。
男が残した言葉が。
私の頭から離れなかった。
『あなたを狙っているのは、私たちだけではない。』
王宮の中には。
まだ誰かがいる。




