第五十話 狙われた理由
翌日。
私はいつもより早く花屋を開けた。
昨日の手紙のことが、頭から離れない。
誰が書いたのか。
どうして私を呼び出したのか。
そして。
クリス殿下のことを、なぜ知っているのか。
「フラン。」
「はい?」
「昨日からずっと考え込んでるね。」
店主さんが心配そうに見る。
「……少し気になっていて。」
「殿下に任せたんだろ?」
「はい。」
「なら、大丈夫だよ。」
「そうですよね。」
そう答えたものの。
胸の奥の不安は消えなかった。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ。
カラン。
扉のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。」
顔を上げる。
「こんにちは。」
「殿下。」
クリス殿下だった。
いつもなら、店に入るとすぐ私のところへ来る。
けれど今日は。
少し表情が硬い。
「どうしました?」
「少し話があります。」
「はい。」
クリス殿下が店主さんを見る。
「少し、フランと二人で話してもいいでしょうか。」
「もちろん。」
私は店の奥へ案内される。
「昨日の手紙についてですか?」
「はい。」
クリス殿下が封筒を取り出した。
「調べてもらいました。」
「何か分かったんですか?」
「この手紙を書いた人物は、まだ分かっていません。」
「……。」
「ですが。」
クリス殿下が一枚の紙を見せる。
「この封筒に使われていた紋章が、ある貴族家のものと一致しました。」
「貴族家……?」
「はい。」
私は息を呑む。
「どこの家ですか?」
クリス殿下は少し黙ってから答えた。
「昨日、庭園であなたに話しかけてきた令嬢の家です。」
「……。」
背筋が冷たくなる。
「でも。」
「はい。」
「本人が書いたとは限りません。」
クリス殿下はすぐに付け加えた。
「家の者が勝手に使った可能性もあります。」
「そうですよね。」
「だから、まだ断定はできません。」
クリス殿下が私を見る。
「ただ。」
「はい?」
「あなたを一人にするつもりはありません。」
「……。」
「しばらく花屋へ来る時も、帰る時も、護衛をつけます。」
「そこまでしなくても……。」
「必要です。」
いつもより強い口調だった。
「殿下。」
「あなたが思っている以上に、今回のことは危険かもしれません。」
「……分かりました。」
私は頷く。
「お願いします。」
クリス殿下が少しだけ表情を緩めた。
「ありがとうございます。」
そして。
私の手を取る。
「怖いですか?」
「少しだけ。」
「そうですか。」
クリス殿下は私の手を包むように握った。
「大丈夫です。」
「……はい。」
「私が守ります。」
その言葉に。
少しだけ安心する。
◇ ◇ ◇
その日の帰り。
店の前には、いつもの馬車と。
見慣れない騎士が二人立っていた。
「こちらの方々が?」
「今日からあなたの護衛です。」
「よろしくお願いいたします。」
二人の騎士が頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
馬車へ乗り込む。
クリス殿下も隣に乗った。
「これで安心ですね。」
「はい。」
馬車が動き出す。
しばらくすると。
「……殿下。」
「はい?」
「どうして、私なんでしょう。」
ずっと気になっていたことを口にする。
「婚約者になったからですか?」
「それだけではありません。」
「……。」
クリス殿下が真剣な顔になる。
「あなたが、私の弱点になると思われている可能性があります。」
「私が……?」
「はい。」
「殿下の弱点。」
その言葉を聞いた瞬間。
胸がざわついた。
「でも。」
クリス殿下が私を見る。
「私は、あなたを弱点だとは思っていません。」
「……。」
「守るべき大切な人です。」
私は黙って頷いた。
けれど。
その時はまだ知らなかった。
この事件が。
ただの嫌がらせでは終わらないことを。




