第四十八話 小さな違和感
庭園を出たあと。
私たちは王宮の廊下を歩いていた。
「今日はありがとうございました。」
「何がですか?」
「執務室も、庭園も。」
「楽しんでもらえましたか?」
「はい。」
クリス殿下が嬉しそうに頷く。
「また一緒に行きましょう。」
「はい。」
その時。
前方から侍女が一人、こちらへ歩いてきた。
「クリス殿下。」
「どうしました?」
「国王陛下がお呼びです。」
「分かりました。」
侍女が頭を下げる。
「フラン様には、こちらでお待ちいただくようにとのことです。」
「……。」
クリス殿下が私を見る。
「すぐ戻ります。」
「はい。」
「少しだけ待っていてください。」
「分かりました。」
クリス殿下が侍女とともに去っていく。
私は近くの椅子に座った。
◇ ◇ ◇
しばらく待っていると。
「フラン様。」
声をかけられた。
顔を上げる。
「……あなたは。」
そこにいたのは。
さっき庭園にいた令嬢の一人だった。
「少し、お話ししてもよろしいでしょうか?」
「はい。」
令嬢は私の向かいに立つ。
「クリス殿下との婚約、本当に決まったのですね。」
「はい。」
「……そうですか。」
笑っている。
けれど。
やっぱり、目は笑っていない。
「何か?」
「いえ。」
令嬢は首を横に振る。
「ただ、少し意外でした。」
「意外?」
「殿下が、あれほど平民に近い暮らしをしている方を選ばれるなんて。」
「……。」
私は言葉に詰まった。
男爵令嬢。
王子の婚約者。
身分の差。
その言葉が、胸に刺さる。
「私は……。」
何か言おうとした、その時。
「フラン。」
聞き慣れた声がした。
振り向く。
「殿下。」
クリス殿下が戻ってきていた。
「何を話しているんですか?」
「少し、お話をしていただけです。」
令嬢が答える。
「そうですか。」
クリス殿下は私の隣に立った。
「では、もういいですね。」
「……はい。」
令嬢は頭を下げる。
けれど。
去り際に、私へ一度だけ視線を向けた。
その目が。
なぜか気になった。
◇ ◇ ◇
「フラン。」
「はい?」
「何か言われましたか?」
「……少しだけ。」
「何を?」
「私が殿下の婚約者になるのが意外だと。」
クリス殿下の表情が変わった。
「他には?」
「それだけです。」
「本当に?」
「はい。」
クリス殿下はしばらく黙っていた。
「……分かりました。」
「殿下?」
「今日はもう帰りましょう。」
「はい。」
歩き出す。
クリス殿下はいつも通りだった。
けれど。
握っている手だけは。
いつもより少し強かった。
「殿下。」
「はい。」
「大丈夫です。」
「……。」
「私は気にしていません。」
クリス殿下が足を止める。
「私は気にします。」
「え?」
「あなたが傷つくことを、私は気にします。」
真っ直ぐな瞳。
「だから、何かあれば必ず私に言ってください。」
「はい。」
私は頷いた。
「約束します。」
クリス殿下は少しだけ表情を和らげた。
「ありがとうございます。」
再び歩き出す。
けれど。
私は知らなかった。
さっきの令嬢が。
私たちの背中を、まだ見つめていたことを。




