第四十五話 婚約者としての一歩
婚約発表が終わった後。
私はクリス殿下と一緒に、大広間を出た。
「……緊張しました。」
「私もです。」
「殿下も?」
「はい。」
意外だった。
「全然、そんなふうに見えませんでした。」
「フランが隣にいたので。」
「それ、緊張が和らぐ理由になるんですか?」
「なります。」
クリス殿下は迷いなく答える。
「あなたがいると、落ち着きます。」
「……。」
また顔が熱くなる。
「殿下。」
「はい。」
「最近、私を照れさせるのが上手くなってませんか?」
「そうでしょうか。」
「そうです。」
「では、もっと練習します。」
「しなくていいです!」
思わず笑ってしまう。
すると。
「フラン嬢。」
後ろから声がした。
振り返る。
「レオン殿下。」
レオン殿下がこちらへ歩いてくる。
「婚約発表、お疲れさま。」
「ありがとうございます。」
「緊張した?」
「はい。とても。」
「でしょうね。」
レオン殿下が笑う。
「でも、兄上があれだけ堂々と言ったんだから、もう誰も何も言えないよ。」
「……そうだといいんですが。」
私が呟くと。
レオン殿下の表情が少し変わった。
「まあ。」
「はい?」
「全員が納得するとは限らないけどね。」
「レオン。」
クリス殿下が低い声で呼ぶ。
「分かってる。」
レオン殿下はすぐに笑顔に戻った。
「ただ、気をつけてってこと。」
「ありがとうございます。」
「兄上。」
「はい。」
「ちゃんと守ってあげてね。」
「当然です。」
クリス殿下は即答した。
「フランに何かあれば、私が動きます。」
「……兄上ならそう言うと思った。」
レオン殿下は苦笑する。
「じゃあ、俺は行くね。」
「はい。」
レオン殿下が去っていく。
私はその背中を見送った。
「殿下。」
「はい。」
「私、ちゃんとやっていけるでしょうか。」
「何をですか?」
「王子殿下の婚約者としてです。」
クリス殿下が足を止めた。
「フラン。」
「はい。」
「あなたは、今まで通りでいてください。」
「……それだけ?」
「はい。」
「でも、王宮のこととか、貴族の方々との付き合いとか……。」
「必要なことは、私が一緒に教えます。」
クリス殿下が私を見る。
「無理に変わる必要はありません。」
「……。」
「私は、今のあなたが好きです。」
「殿下。」
「だから。」
クリス殿下が手を差し出す。
「これからも、そのままで私の隣にいてください。」
私はその手を取った。
「はい。」
指が重なる。
今までとは違う。
今日から私は。
この人の恋人ではなく。
正式な婚約者だ。
その実感が、少しずつ湧いてきた。
◇ ◇ ◇
その夜。
私は自分の部屋で、今日一日のことを思い返していた。
婚約が決まったこと。
王宮で正式に発表されたこと。
そして。
クリス殿下が、みんなの前で私を選んでくれたこと。
胸が温かくなる。
「……幸せだな。」
そう呟いた時。
窓の外から、馬車の音が聞こえた。
「こんな時間に?」
窓を開ける。
すると。
月明かりの下に、見慣れた姿があった。
「……殿下?」
クリス殿下が馬車から降りる。
そして私を見上げた。
「こんばんは。」
「こんばんは……?」
「少しだけ、顔を見たくなりました。」
「……。」
今日、あれだけ一緒にいたのに。
「殿下。」
「はい。」
「さっき別れたばかりですよね?」
「はい。」
「なのに?」
「会いたくなったので。」
私は思わず笑った。
「……本当に、最近変わりましたね。」
「フランのせいです。」
「私?」
「はい。」
クリス殿下が優しく笑う。
「あなたを好きになってから、会いたいと思うことが増えました。」
「……。」
胸がいっぱいになる。
私は窓から身を乗り出しすぎないようにしながら。
「私もです。」
そう答えた。
クリス殿下は少し驚いた顔をして。
それから、嬉しそうに笑った。




