第四十四話 婚約発表
それから数日後。
花屋は、いつもと変わらない朝を迎えていた。
私は花を並べながら、何度目か分からないほど手首を見ていた。
銀色のブレスレット。
クリス殿下からもらったものだ。
そして。
今日から、私は正式に殿下の婚約者になる。
「フラン。」
「はい?」
店主さんが私を見る。
「朝からそわそわしてるねぇ。」
「……分かりますか?」
「分かるよ。」
店主さんが笑う。
「今日、発表されるんだろ?」
「はい。」
王宮から正式に婚約が発表される。
今までは、私と殿下の関係を知っている人は限られていた。
けれど今日からは。
誰もが知ることになる。
「大丈夫かい?」
「……少しだけ緊張しています。」
「まあ、仕方ないね。」
店主さんが優しく笑う。
「でも、あの王子様なら大丈夫だろ。」
「そうですね。」
私も笑った。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ。
王宮から使者がやってきた。
「フラン様。」
「はい。」
「本日、王家より正式に発表がございます。」
「……はい。」
「クリス第一王子殿下と、フラン様の婚約についてです。」
その言葉を聞いて。
胸が大きく鳴った。
とうとう。
本当に発表されるんだ。
「ありがとうございます。」
使者が帰ったあと。
私はしばらく動けなかった。
「フラン。」
「はい?」
「顔が真っ赤だよ。」
「……。」
私は両手で頬を隠した。
「仕方ないじゃないですか……。」
すると。
店の外から馬車の音が聞こえた。
カタカタ……。
窓から外を見る。
「……え?」
見慣れた馬車が止まっていた。
扉が開く。
「フラン。」
「殿下?」
クリス殿下が降りてくる。
「どうしてここに?」
「迎えに来ました。」
「まだ仕事中ですよ?」
「知っています。」
「では、なぜ……?」
「今日は、私たちの婚約が発表される日なので。」
クリス殿下は私を見る。
「一緒にいたかったんです。」
「……。」
また。
この人は。
「少しだけ待っていてください。」
「はい。」
私は店主さんを見る。
「行っておいで。」
「でも……。」
「今日は特別な日だろ?」
「……ありがとうございます。」
仕事を終え。
店を出る。
クリス殿下が手を差し出した。
「行きましょう。」
「はい。」
その手を取る。
◇ ◇ ◇
王宮へ着くと。
いつもより多くの人が行き交っていた。
廊下を歩いていると。
何人もの貴族がこちらを見る。
「……。」
視線を感じる。
今までとは違う。
誰もが。
私を見ている。
少し怖くなって。
私はクリス殿下の手を握り直した。
すると。
クリス殿下も握り返してくれた。
「大丈夫です。」
「……はい。」
「私が隣にいます。」
「ありがとうございます。」
大広間へ入る。
そこには国王陛下と王妃様。
そしてレオン殿下もいた。
陛下が一歩前へ出る。
「皆に伝えることがある。」
広間が静まり返る。
「クリス第一王子と、フラン嬢の婚約が正式に決まった。」
一瞬。
静寂が広がった。
そして。
ざわめきが起こる。
「男爵令嬢が……?」
「第一王子殿下の婚約者に?」
「まさか……。」
あちこちから声が聞こえる。
私は思わず俯きそうになる。
その時。
クリス殿下が私の手を取った。
「顔を上げてください。」
「……。」
「あなたは、私の婚約者です。」
私は顔を上げる。
クリス殿下は真っ直ぐ前を見ていた。
「誰に何を言われても、私はあなたを選びました。」
その声が広間に響く。
「それを、私は後悔しません。」
ざわめきが止まる。
私はクリス殿下を見る。
そして。
小さく笑った。
「はい。」
クリス殿下も笑う。
その瞬間。
私はもう一度思った。
この人となら。
何があっても、大丈夫。
そう信じていた。




