第三十九話 二人きりの食事
案内された食堂には、大きなテーブルが置かれていた。
けれど。
そこにいるのは、私とクリス殿下の二人だけだった。
「今日は、二人だけなんですね。」
「はい。」
クリス殿下が頷く。
「王宮で二人きりで食事をするなんて、少し不思議な感じがします。」
「私もです。」
「殿下も?」
「はい。」
クリス殿下が少しだけ笑う。
「ですが、嬉しいです。」
「……。」
また顔が熱くなる。
「どうぞ。」
クリス殿下が椅子を引いてくれた。
「ありがとうございます。」
私が座ると、クリス殿下も向かいの席に座る。
「いただきます。」
「いただきます。」
二人で食事を始める。
最初は少し緊張していたけれど。
「これ、美味しいです。」
「良かったです。」
「殿下は食べないんですか?」
「食べています。」
「さっきから私ばかり見てません?」
「見ています。」
「……。」
「恋人になったので。」
「それ、理由になってません!」
思わず笑ってしまう。
クリス殿下も少し笑った。
以前なら。
こんな時間を過ごすことなんて、考えもしなかった。
◇ ◇ ◇
食事を終えると。
「少し庭を歩きませんか。」
クリス殿下が言った。
「はい。」
二人で庭へ出る。
夜の王宮庭園は静かだった。
月明かりに照らされた花々が、風に揺れている。
「綺麗……。」
「そうですね。」
並んで歩く。
すると。
「フラン。」
「はい?」
クリス殿下が手を差し出した。
「手を。」
「……またですか?」
「嫌ですか?」
「嫌じゃないです。」
私は手を重ねる。
指が絡む。
昨日よりも自然にできた気がした。
「慣れてきましたね。」
「……はい。」
「良かったです。」
クリス殿下が嬉しそうに言う。
「私も、少し安心しました。」
「何にですか?」
「あなたが私の隣にいることを、嫌だと思っていないと分かるので。」
「そんなこと、思いませんよ。」
「本当ですか?」
「はい。」
クリス殿下は静かに頷いた。
「ありがとうございます。」
しばらく歩く。
その時。
「あ……。」
私は足を止めた。
「どうしました?」
「あそこ。」
庭の隅に、小さな白い花が咲いている。
「綺麗ですね。」
「好きですか?」
「はい。」
「分かりました。」
「何がですか?」
「覚えておきます。」
「また覚えるんですか?」
「はい。」
クリス殿下は花を見つめる。
「あなたが好きなものは、できるだけ覚えたいので。」
「……。」
私は小さく笑った。
「殿下。」
「はい。」
「私も、殿下の好きなものを知りたいです。」
「私の?」
「はい。」
クリス殿下は少し考えた。
「……。」
「ないんですか?」
「あります。」
「何ですか?」
クリス殿下はこちらを見る。
「今は。」
「……?」
「フランと過ごす時間です。」
「……。」
まただ。
「もう、そういうの禁止です。」
「なぜですか?」
「恥ずかしいからです。」
クリス殿下は少しだけ笑った。
「分かりました。」
「本当に?」
「はい。」
一拍。
「では、心の中で思っておきます。」
「それもずるいです。」
二人で笑う。
静かな庭に、私たちの声だけが響いた。
◇ ◇ ◇
帰る時間になった。
馬車の前で、クリス殿下が私を見る。
「今日はありがとうございました。」
「こちらこそ。」
「楽しかったです。」
「私もです。」
クリス殿下は少し迷ったあと。
「フラン。」
「はい?」
「また、こうして二人で過ごしてもいいですか?」
「もちろんです。」
その答えを聞いて。
クリス殿下は嬉しそうに笑った。
「では、次も考えておきます。」
「楽しみにしています。」
私は馬車に乗り込む。
扉が閉まる直前。
「フラン。」
「はい?」
「おやすみなさい。」
「おやすみなさい、殿下。」
馬車が動き出す。
窓から見えるクリス殿下は。
私が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。




