第三十八話 王宮での食事
昼過ぎ。
花屋の扉が開いた。
カラン。
「いらっしゃいませ。」
顔を上げると、見慣れない男性が立っていた。
「フラン様でしょうか。」
「はい。」
「クリス殿下より、お届け物がございます。」
「私に?」
「はい。」
差し出されたのは、白い封筒だった。
封蝋には王家の紋章が刻まれている。
「……。」
私は少し緊張しながら封を開けた。
中には短い手紙が入っていた。
『今夜、王宮で食事をしませんか。
恋人になって初めての食事を、あなたと一緒にしたいです。
クリス』
「……。」
顔が熱くなる。
「フラン?」
店主さんが奥から顔を出した。
「どうしたんだい?」
「いえ……。」
私は慌てて手紙を隠す。
「殿下からですか?」
「はい。」
「何て書いてあったの?」
「……秘密です。」
店主さんが楽しそうに笑う。
「そうかい、そうかい。」
「何ですか?」
「いや。」
店主さんはにやにやしながら言った。
「幸せそうだなと思ってね。」
「……。」
私は何も言い返せなかった。
◇ ◇ ◇
夕方。
仕事を終える頃。
店の前に、一台の馬車が止まった。
扉が開く。
「お疲れさまでした。」
「殿下。」
クリス殿下が立っていた。
「来てくださって、ありがとうございます。」
「こちらこそ。」
私は店主さんに挨拶をして、店を出る。
「行ってきます。」
「はいはい。」
店主さんが笑顔で手を振る。
馬車に乗り込む。
クリス殿下も隣に座った。
馬車がゆっくり走り出す。
「今日は、王宮で食事なんですよね。」
「はい。」
「少し緊張します。」
「なぜですか?」
「恋人になってから初めて王宮へ行くので……。」
クリス殿下は少し考える。
「私は嬉しいです。」
「え?」
「恋人になったフランと、ゆっくり食事ができるので。」
「……。」
まただ。
この人は。
こういうことを平然と言う。
「殿下は、昨日からずっとこんな感じですね。」
「どんな感じですか?」
「……私を喜ばせるようなことばかり言います。」
「本当のことなので。」
「それが恥ずかしいんです。」
「そうですか。」
クリス殿下は少し考える。
「では、少し控えます。」
「……。」
「ですが。」
「はい?」
「好きだという気持ちは、控えません。」
「もう……。」
私は顔を隠した。
すると。
「ふふ。」
小さな笑い声が聞こえる。
顔を上げると。
クリス殿下が笑っていた。
「殿下。」
「はい。」
「今、笑いましたよね。」
「はい。」
「最近、よく笑うようになりましたね。」
「フランといると、自然にそうなります。」
「……。」
また顔が熱くなる。
恋人になってから。
この人の言葉に慣れるどころか。
どんどん弱くなっている気がする。
◇ ◇ ◇
しばらくして。
馬車が王宮へ到着した。
降りると、クリス殿下が手を差し出してくれる。
「こちらへ。」
「はい。」
その手を取る。
王宮の中を歩いていると。
「兄上!」
明るい声が聞こえた。
振り向く。
「レオン。」
クリス殿下の弟、レオン殿下だった。
「こんばんは、フラン嬢。」
「こんばんは。」
レオン殿下は私たちの繋いだ手を見る。
そして。
「おお。」
嬉しそうに笑った。
「本当に恋人になったんだね。」
「……。」
私は少し恥ずかしくなる。
「兄上、よかったね。」
「はい。」
クリス殿下は落ち着いた声で答える。
「ありがとうございます。」
「兄上がこんなに分かりやすくなるなんて、面白いな。」
「レオン。」
「はい?」
「余計なことは言わないでください。」
「はいはい。」
レオン殿下は楽しそうに笑う。
「今日は二人で食事なんでしょう?」
「はい。」
「じゃあ、邪魔しないよ。」
レオン殿下は手を振る。
「楽しんでね、兄上。フラン嬢も。」
「ありがとうございます。」
「では。」
レオン殿下が去っていく。
私はその背中を見送った。
「レオン殿下、本当に楽しそうですね。」
「はい。」
「殿下と仲がいいんですね。」
「昔からです。」
「素敵ですね。」
クリス殿下は少しだけ頷く。
「私も、弟がいて良かったと思っています。」
「……。」
その横顔が、とても穏やかだった。
「では。」
クリス殿下が私を見る。
「行きましょう。」
「はい。」
私はもう一度、クリス殿下の手を握った。
王宮での食事。
恋人になって初めて過ごす夜。
少し緊張するけれど。
それ以上に。
楽しみだった。




