第三十五話 あなたを選びたい
事件の翌日。
私は王宮の一室にいた。
「……ここ、落ち着きません。」
豪華な家具。
大きな窓。
壁には王家の紋章。
どこを見ても、私の暮らしている場所とは違う。
「すみません。」
向かいに座るクリス殿下が言う。
「急に呼び出してしまいました。」
「いえ。」
私は首を横に振る。
「どうして呼んでくださったんですか?」
「昨日のことについて、話したかったので。」
クリス殿下の表情が少し曇る。
「怖い思いをさせてしまいました。」
「殿下のせいではありません。」
「ですが。」
クリス殿下は私を見る。
「私があなたを王宮へ連れてくるような立場でなければ、狙われることもなかった。」
「……。」
私は静かに首を振る。
「それでも。」
「はい。」
「私は、殿下と出会ったことを後悔していません。」
クリス殿下が目を見開く。
「本当ですか。」
「はい。」
「怖くはないのですか。」
「怖いです。」
正直に答える。
「昨日は、本当に怖かったです。」
「……。」
「でも。」
私はクリス殿下を見る。
「殿下が来てくださった時。」
あの声を思い出す。
自分でも驚くほど必死だった。
「安心しました。」
「フラン。」
「だから。」
私は膝の上で手を握る。
「私は、殿下から離れたくありません。」
クリス殿下は何も言わなかった。
ただ。
じっと私を見ている。
「……。」
「殿下?」
「すみません。」
「え?」
「今、嬉しすぎて。」
クリス殿下が目を伏せる。
「少し、落ち着く時間をください。」
「……ふふ。」
思わず笑ってしまう。
「殿下でも、そんなことがあるんですね。」
「あります。」
「昨日もそう言っていましたね。」
「昨日より、今の方がひどいです。」
「え?」
「あなたが私から離れたくないと言ったので。」
胸が熱くなる。
「……。」
しばらく沈黙が続いた。
やがて。
クリス殿下が静かに立ち上がる。
「フラン。」
「はい。」
「もう一度、聞かせてください。」
「何をですか?」
「あなたの気持ちを。」
真剣な目。
私は少しだけ迷った。
でも。
もう、逃げたくなかった。
「私は……。」
ゆっくり息を吸う。
「殿下と一緒にいたいです。」
「……。」
「殿下が会いに来てくれるのが嬉しいです。」
「……。」
「殿下が私を心配してくれるのも。」
「……。」
「殿下が笑ってくれるのも。」
私は小さく笑った。
「全部、好きです。」
クリス殿下の目が揺れた。
「フラン。」
「はい。」
「それは。」
一瞬、言葉を失う。
そして。
「私のことを、好きだという意味ですか。」
私は頷いた。
「はい。」
その瞬間。
クリス殿下は目を閉じた。
長い沈黙。
そして。
「……良かった。」
小さな声だった。
目を開けたクリス殿下は、いつもの無表情だった。
けれど。
その目だけは、隠せないほど嬉しそうだった。
「フラン。」
「はい。」
「これからは。」
一歩、近づく。
「私があなたを守ります。」
「はい。」
「どんな身分の違いがあっても。」
「……。」
「誰に何を言われても。」
さらに一歩。
「私は、あなたを選びます。」
その言葉に、胸が熱くなる。
「私も。」
私はクリス殿下を見上げた。
「殿下を選びたいです。」
静かな部屋。
二人の距離が、ゆっくり縮まっていく。
そして。
「フラン。」
「はい。」
「……今度こそ。」
クリス殿下が少しだけ緊張した声で言った。
「あなたに触れてもいいですか。」
私は頷いた。
「はい。」
クリス殿下の手が、そっと私の頬に触れる。
その温度に。
胸が大きく跳ねた。




