第三十四話 氷の王子の怒り
「フラン!」
クリス殿下の声が響いた。
いつもの落ち着いた声ではない。
明らかな焦りが混じっていた。
「殿下……?」
私が振り返った瞬間。
クリス殿下は私の前へ出た。
まるで。
私を隠すように。
「あなたは誰ですか。」
低い声。
男は笑った。
「これはこれは。」
「第一王子殿下自ら、お迎えですか。」
「質問に答えてください。」
クリス殿下の声が冷たくなる。
周囲の空気が変わった。
いつもの氷の王子。
けれど。
今のクリス殿下は、それ以上だった。
「殿下。」
男が笑う。
「随分と大切にされているようですね。」
「……。」
「こんな下町の娘一人のために。」
その瞬間。
クリス殿下の目が鋭くなる。
「フランを侮辱するな。」
静かな言葉。
なのに。
背筋が震えるほど怖かった。
「……。」
男の笑顔が消える。
「殿下が、そんな顔をするとは。」
「何?」
「噂は本当だったのですね。」
「あなたに関係ありません。」
クリス殿下は私を背に庇ったまま言う。
「フランから離れてください。」
「もし断ったら?」
男が一歩近づく。
その瞬間。
周囲にいた護衛たちが動いた。
「そこまでです。」
いつからいたのか。
王宮の騎士たちが男を囲んでいた。
「……。」
男は舌打ちする。
「さすがですね。」
「殿下。」
クリス殿下は答えない。
ただ。
私の無事だけを確認していた。
「フラン。」
「はい。」
「怪我はありませんか。」
「ありません。」
「本当に?」
「はい。」
クリス殿下は私の手を見る。
少し震えていた。
私ではなく。
彼の手が。
「殿下……。」
思わず呼ぶ。
「怖かったですか?」
「……。」
クリス殿下は少し黙った。
「はい。」
予想外の返事だった。
「え?」
「怖かったです。」
真っ直ぐな目。
「あなたに何かあったらと思いました。」
胸が締めつけられる。
「私は。」
クリス殿下はゆっくり言葉を続ける。
「今まで、失うものがありませんでした。」
「王子として必要なことをするだけでした。」
「ですが。」
私を見る。
「あなたを失うことだけは。」
一瞬。
声が震えた。
「耐えられません。」
「……。」
初めてだった。
この人が。
自分の弱さを見せたのは。
「殿下。」
「はい。」
「私……。」
言葉が詰まる。
でも。
今なら分かる。
この人が私を大切にしてくれるように。
私も。
この人を傷つけたくない。
「私も。」
小さな声。
「殿下が苦しむのは嫌です。」
クリス殿下の目が揺れる。
「フラン。」
「はい。」
「今の言葉。」
「……。」
「もう一度、聞いてもいいですか。」
「え?」
「嬉しかったので。」
こんな時なのに。
少しだけ。
いつものクリス殿下だった。
私は小さく笑う。
「殿下が大切です。」
その瞬間。
クリス殿下は目を閉じた。
そして。
「……ありがとうございます。」
静かな声。
けれど。
今までで一番、嬉しそうだった。




