第三十三話 忍び寄る影
王都では。
ある噂が広がり始めていた。
「第一王子殿下が、毎日のように下町へ通っているらしい。」
「花屋の娘に会いに行っているとか。」
「……本当なの?」
王宮の一室。
数人の令嬢たちが集まっていた。
「信じられませんわ。」
一人の令嬢が扇を広げる。
「クリス殿下が、あのような娘に夢中になるなんて。」
「ですが、殿下ご自身が選ばれたのでしょう?」
「だからこそ問題なのです。」
令嬢は冷たい笑みを浮かべた。
「王子妃になる方には、それ相応の覚悟と品格が必要です。」
「ただ優しいだけの女性が務まるとは思えませんわ。」
その言葉に。
誰も反論しなかった。
◇ ◇ ◇
「フラン。」
「はい。」
花屋へ向かう途中。
いつものようにクリス殿下が隣を歩いている。
「最近。」
「はい?」
「少し、無理をしていませんか。」
突然の言葉に、私は驚く。
「え?」
「笑っていますが。」
クリス殿下は私を見る。
「少し疲れているように見えます。」
「……。」
鋭い。
やっぱりこの人は、人を見る目がある。
「大丈夫です。」
私は笑う。
「少し忙しいだけです。」
「本当ですか。」
「はい。」
クリス殿下は黙った。
「……。」
「殿下?」
「フラン。」
「はい。」
「嘘をつく時。」
一拍。
「あなたは、少しだけ目を逸らします。」
「……。」
バレていた。
「そんなところまで見ているんですか?」
「見ています。」
即答だった。
「フランのことなので。」
また。
胸が苦しくなる。
「でも、本当に大丈夫です。」
「……。」
「殿下に心配をかけたくないので。」
その瞬間。
クリス殿下の表情がわずかに変わった。
「フラン。」
「はい。」
「それは。」
静かな声。
「私には逆です。」
「え?」
「あなたが一人で抱えることの方が。」
少しだけ目が伏せられる。
「私は苦しいです。」
初めて聞く言葉だった。
この人が。
苦しいと言った。
「……。」
「分かりました。」
クリス殿下は頷く。
「ですが。」
「はい?」
「何かあれば、必ず私に言ってください。」
「約束できますか。」
「はい。」
私は小さく頷いた。
「分かりました。」
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
花屋を出た時だった。
「フラン。」
後ろから声がした。
振り返る。
そこには。
見覚えのない男が立っていた。
「あなたが。」
男は笑う。
「クリス殿下のお気に入りですか。」
「……どちら様ですか?」
男は答えない。
ただ。
嫌な予感がした。
「少し、お話をしましょう。」
「結構です。」
私は一歩下がる。
すると。
男の表情が変わった。
「残念ですね。」
「殿下の弱点が、こんなに簡単に見つかるとは。」
その言葉に。
背筋が凍った。
「……弱点?」
男は笑う。
「あなたですよ。」
その瞬間。
遠くから。
馬の蹄の音が響いた。
そして。
「フラン!」
聞いたことのないほど焦った声。
振り返る。
そこには。
いつもの冷静な表情ではない。
クリス殿下がいた。




