第三十一話 眠れない夜
家へ帰っても。
私は落ち着かなかった。
「はぁ……。」
ベッドへ座り、大きく息をつく。
今日だけで。
何回ため息をついただろう。
「『あなたが好きです。』かぁ……。」
クリス殿下の真っ直ぐな声が耳に残っている。
「もう……。」
枕に顔を埋める。
その時だった。
「フラン?」
部屋の外から母の声が聞こえた。
「まだ起きてるの?」
「う、うん!」
「少し話してもいい?」
「いいよ。」
扉が開き、母が部屋へ入ってきた。
「今日は帰りが遅かったわね。」
「夜景を見に行ってたの。」
「まあ。」
母は優しく笑う。
「クリス殿下と?」
「……うん。」
「そう。」
少しだけ沈黙が流れる。
「フラン。」
「なに?」
「あなた、楽しそうね。」
「え?」
「最近、毎日笑ってる。」
「そ、そんなことないよ!」
「あるわよ。」
母はくすりと笑った。
「前は家のことばかり気にして、自分のことは後回しだったもの。」
「……。」
「でも今は違う。」
私は言い返せなかった。
「クリス殿下といる時間が、楽しいんでしょう?」
「……。」
顔が熱くなる。
「分からない。」
小さく呟く。
「まだ、好きなのかは分からないの。」
「うん。」
「でも。」
私は胸に手を当てた。
「殿下と話していると安心するの。」
「明日も会えるって思うと、少し嬉しくて。」
「……。」
「これって、おかしいのかな。」
母はゆっくり首を横に振る。
「おかしくないわ。」
「え?」
「恋って、気づいたら始まっているものだから。」
「……。」
「『好き』って決めるものじゃないの。」
「いつの間にか、その人のことを考えてしまうものよ。」
その言葉が胸に残る。
私は。
最近、何をしていても。
クリス殿下のことを考えている。
◇ ◇ ◇
翌朝。
いつもの時間。
家の扉を開ける。
「おはようございます。」
「きゃっ!」
思わず肩を震わせる。
「殿下!」
「おはようございます。」
「また来てる!」
「昨日、お約束しました。」
「そうでした……。」
私は思わず笑ってしまう。
「今日は笑いましたね。」
「え?」
「私を見る前から。」
「……。」
図星だった。
「フラン。」
「はい。」
「今日は良いことがありそうです。」
「どうしてですか?」
「あなたが笑ってくれたので。」
「~~っ!」
朝から反則だ。
この人は。
こんなに真顔なのに。
どうしてこんなに心臓をドキドキさせるんだろう。
「参りましょう。」
「……はい。」
私は自然と、クリス殿下の隣へ並んだ。
その距離は。
初めて会った日よりも。
ほんの少しだけ近づいていた。




