第三十話 氷の王子の弱点
夜景を眺めながら。
私は何も言えずにいた。
「あなたが好きです。」
その言葉が、何度も胸の中で響いている。
王子様が。
私を。
好きだと言っている。
「……殿下。」
「はい。」
「どうして、そんなに迷いなく言えるんですか。」
クリス殿下は少し首を傾げた。
「迷う必要がないからです。」
「……。」
「フランを好きだと思ったことに、間違いはありません。」
真っ直ぐだった。
いつだって、この人はそうだ。
嘘をつかない。
飾らない。
だからこそ、余計に困る。
「私は……。」
言葉を探す。
「私は、殿下が思っているような人ではないかもしれません。」
「知っています。」
「え?」
「フランは、自分を特別だと思っていません。」
驚いて顔を上げる。
「でも。」
クリス殿下は続ける。
「そこが好きです。」
「……。」
「自分が褒められるためではなく。」
「誰かが困っていたから助けた。」
「あの日、私はそれを見ました。」
胸が熱くなる。
「そんな人を、放っておけませんでした。」
「殿下……。」
夜風が吹く。
静かな時間。
「ですが。」
私は小さく笑う。
「殿下は、少し変わっています。」
「そうですか?」
「はい。」
「どのようにですか。」
「普通、王子様はもっと慎重だと思います。」
「そうかもしれません。」
「なのに……。」
私は思わず笑ってしまう。
「毎日花屋に来たり。」
「はい。」
「突然デートに誘ったり。」
「はい。」
「好きだと何度も言ったり。」
「はい。」
クリス殿下は真顔で頷く。
「問題がありますか?」
「あります!」
思わず叫ぶ。
「全部です!」
少し沈黙。
そして。
「……。」
クリス殿下が目を細める。
「今。」
「はい?」
「笑いましたね。」
「え?」
気づけば。
私は笑っていた。
「すみません。」
「謝る必要はありません。」
クリス殿下は静かに言う。
「フランが笑っているところを見るのは、好きです。」
「……。」
また。
胸が跳ねる。
「殿下。」
「はい。」
「そういうところです。」
「?」
「そういうところが、ずるいんです。」
クリス殿下は少し考える。
「努力します。」
「そこは努力するんですか?」
「はい。」
真剣な顔。
思わず笑ってしまう。
◇ ◇ ◇
帰りの馬車。
私は窓の外を眺めながら考えていた。
最初は。
変わった王子様だと思った。
冷たくて。
何を考えているのか分からなくて。
でも。
今は違う。
この人が私を見る目を。
この人が私のために行動してくれることを。
少しずつ嬉しいと思っている。
「フラン。」
「はい。」
「今日はありがとうございました。」
「こちらこそ。」
クリス殿下は少し間を置く。
「また明日、会いに行ってもいいですか。」
私は思わず笑う。
「聞くんですね。」
「はい。」
「もう来ると思っていました。」
「……。」
珍しく。
クリス殿下が少しだけ困った顔をした。
「分かりましたか。」
「はい。」
「なぜですか。」
「殿下だからです。」
その答えに。
クリス殿下は静かに頷いた。
「では。」
「はい。」
「明日も会いに行きます。」
その言葉を聞いて。
私はもう嫌だとは思わなかった。




