第三話 偶然です
クリス殿下が花屋を訪れてから三日が過ぎた。
――そして。
「いらっしゃいませ。」
カラン、と扉のベルが鳴る。
私は顔を上げる。
「……あ。」
そこに立っていたのは、またクリス殿下だった。
「こんにちは。」
「こ、こんにちは……。」
今日で四日連続。
……いや、偶然だよね。
王都には花屋なんてたくさんあるし。
「本日はいかがなさいますか?」
「昨日とは違う花を。」
「かしこまりました。」
私は花を選び始める。
クリス殿下は店内を静かに見て回っている。
相変わらず表情は変わらない。
何を考えているのか、まったく分からない。
「こちらはいかがでしょう?」
「では、それを。」
「ありがとうございます。」
代金を受け取り、花束を手渡す。
「失礼します。」
クリス殿下は軽く頷き、そのまま店を出て行った。
私はほっと息をつく。
「毎日来るなぁ……。」
思わず本音が漏れる。
「人気の店になったってことじゃないか?」
店主が笑う。
「でも、王宮にも庭師はいますよね?」
「さぁな。」
店主は肩をすくめた。
◇ ◇ ◇
昼休み。
私はいつものように広場の噴水近くのベンチでパンを食べていた。
「今日は静かだなぁ。」
のんびり空を見上げる。
「隣、よろしいですか。」
「もちろん――」
反射的に返事をしてから気付いた。
「……え?」
隣にはクリス殿下が立っていた。
「く、クリス殿下!?」
「失礼します。」
そう言って静かに腰を下ろす。
「え、えっと……。」
頭が追いつかない。
どうして。
どうしてここに?
クリス殿下は膝の上に小さな包みを置いた。
「昼食です。」
「そ、それは分かりますけど……。」
また沈黙が流れる。
なんだろう、この空気。
気まずい。
ものすごく気まずい。
「あの……。」
「はい。」
「どうしてここに?」
「昼食です。」
「それも分かります!」
思わず声が大きくなる。
クリス殿下は少し考えるように視線を上げた。
「王都で昼食を取る場所を探していました。」
「はい。」
「たまたま、あなたを見かけました。」
「……たまたま?」
「はい。」
偶然。
……本当に?
少し疑問は残ったけれど、それ以上聞く理由もない。
「ご迷惑でしたか。」
その一言に、思わず首を振る。
「い、いえ! そんなことはありません!」
「そうですか。」
それだけ言うと、クリス殿下は静かに昼食を食べ始めた。
無言。
私はパンを食べる。
無言。
クリス殿下もサンドイッチを食べる。
無言。
(気まずい……。)
五分ほど経った頃。
「そのパン。」
「はい?」
「美味しそうですね。」
「え?」
初めて、食べ物の話をした。
「このパン屋さん、安くて美味しいんですよ。」
「そうですか。」
クリス殿下は少しだけパンを見つめる。
「明日、買ってみます。」
「ぜひ!」
そこでようやく、少しだけ笑ってしまった。
怖い人だと思っていたけれど。
話してみると、意外と普通なのかもしれない。
そんなことを考えていると、
「では。」
クリス殿下は立ち上がった。
「お仕事、頑張ってください。」
「……はい!」
軽く頭を下げ、そのまま去って行く。
その姿を見送りながら、私は小さく首をかしげた。
「やっぱり……変わった王子様。」
その頃、少し離れた場所では。
護衛騎士が頭を抱えていた。
「殿下。」
「なんですか。」
「広場で三十分も待機しておられたことは、『たまたま』とは言わないと思います。」
クリスは無表情のまま答える。
「……そうでしょうか。」
護衛騎士は心の中だけで叫んだ。
(絶対違います!!)




