第二話 気になる娘
翌朝。
いつも通り店先に花を並べていると、店主が苦笑いを浮かべた。
「昨日は災難だったな。」
「もう思い出させないでください……。」
頭を抱えたくなる。
王国第一王子、クリス殿下。
『氷の王子』として有名なあの方に向かって、私は思い切り言い返してしまった。
『じゃあ見捨てろって言うんですか!』
思い返すだけで胃が痛い。
「でも、お咎めなしで良かったじゃないか。」
「本当にそうですよね。もう二度とお会いすることもないでしょうし……。」
王子と没落男爵令嬢。
住む世界が違う。
昨日の出来事も、きっと殿下にとっては取るに足らない出来事だったはずだ。
そう思っていた。
店の扉についたベルが、小さく鳴る。
「いらっしゃいま――」
顔を上げた瞬間、言葉が止まった。
店内に入ってきたのは、白銀の髪の青年。
クリス殿下だった。
店主も目を丸くする。
「お、王太子殿下!」
私は慌てて頭を下げた。
「き、昨日は失礼いたしました!」
「気にしていません。」
落ち着いた声。
怒っている様子はない。
少しだけ安心する。
「本日はどういったご用件でしょうか?」
「花を見に来ました。」
それだけ言うと、クリスは店内をゆっくり歩き始めた。
一輪一輪を静かに眺めている。
(王子様って、お花を見ることなんてあるんだ……。)
意外だった。
「この花は?」
クリスが白い花を指差す。
「あ、それはリリーです。花言葉は『純粋』ですね。」
「そうですか。」
返事は短い。
けれど、ちゃんと話を聞いてくれている。
「こちらは?」
「ブルースターです。『幸福な愛』という花言葉があるんですよ。」
「幸福な愛……。」
クリスは小さく繰り返えすと、その花を手に取った。
「これを。」
「ありがとうございます。」
代金を受け取り、花束を包む。
クリスは花を受け取ると、そのまま店を出ようとした。
けれど入口で足を止める。
「昨日。」
「は、はい。」
「怪我はありませんでしたか。」
一瞬、言葉を失った。
叱られたことばかり気にしていたけれど。
この人は、私の怪我を心配して来てくれたのだろうか。
「大丈夫です!」
「……そうですか。」
それだけ確認すると、クリスは静かに店を出て行った。
店内に沈黙が流れる。
やがて店主がぽつりと呟いた。
「優しい王子様じゃないか。」
「え?」
「心配だったんだろう。」
「そんなわけありません!」
私は慌てて首を振る。
「たまたまですよ、たまたま!」
そう言いながらも。
帰り際に聞かれた、たった一言が頭から離れなかった。
『怪我はありませんでしたか。』
――その頃。
馬車の中。
窓の外を眺めるクリスは、小さく目を閉じた。
(……変わった娘です。)
王子である自分に怯えない。
間違っていると思えば、真っ直ぐ言い返してくる。
それなのに、助けた子どもには優しく笑う。
不思議な娘だった。
だから、少しだけ。
もう一度会ってみたくなっただけ。
この時のクリスはまだ、それが恋だとは気づいていなかった。




