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氷の王子は恋を知ったら止まらない  作者: S@Y@


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第一話 氷の王子との最悪な出会い


 王都の大通りは朝から多くの人で賑わっていた。


 露店から漂う焼きたてのパンの香り。子どもたちの笑い声。行き交う馬車。


「今日はずいぶん人が多いなぁ……」


 私は買い物かごを抱えながら、人混みの中を歩く。


 その時だった。


「王太子殿下のお通りだ!」


 兵士の声が響くと、人々は慌てて道の両脇へ下がり、一斉に頭を下げた。


 私も慌てて端へ寄る。


 人垣の向こうから現れたのは、一人の青年。


 透き通るような銀髪に、宝石のような蒼い瞳。


 整った顔立ちはまるで彫刻のように美しい。


 けれど、その表情は微動だにしない。


 笑わない。


 驚かない。


 誰に手を振ることもない。


 ただ真っ直ぐ前だけを見つめて歩いている。


(あの人が……)


 王国第一王子、クリス殿下。


 『氷の王子』。


 その美貌と才能から国中の女性が憧れる存在。


 けれど、感情を表に出さず、誰にも心を開かないことでも有名だった。


「やっぱり綺麗……」


 周囲の女性たちがうっとりとため息をつく。


 私は噂どおりなんだな、とぼんやり眺めていた。


 その時。


 突然、鋭い馬のいななきが響いた。


「ヒヒィィィン!」


 次の瞬間。


「馬が暴れたぞ!!」


 御者の叫びとともに、一台の馬車が勢いよく人混みへ突っ込んできた。


「きゃああああ!」


「逃げろ!」


 悲鳴が飛び交う。


 人々は我先にと逃げ出した。


 そんな中。


「……っ!」


 幼い男の子が一人、道の真ん中に立ち尽くしていた。


 恐怖で足が動かないのだ。


「危ない!」


 考えるより先に体が動いていた。


 私は男の子へ向かって駆け出す。


 あと少し。


 あと一歩。


 男の子の腕をつかもうとした、その瞬間――


「下がれ。」


 低く落ち着いた声が耳元で響いた。


 気づけば誰かが私の腕を強く引いていた。


「きゃっ!」


 体がふわりと浮き、そのまま誰かの胸へ倒れ込む。


 直後。


 ドォンッ!!


 暴走した馬車が目の前を轟音とともに駆け抜けた。


 あと一瞬遅ければ、私も男の子も巻き込まれていただろう。


 兵士たちが馬を取り押さえ、ようやく騒ぎは収まる。


 私は震える男の子を抱き寄せた。


「大丈夫? 怪我はない?」


 男の子は泣きながら何度も頷く。


 ほっと胸を撫で下ろした、その時だった。


「……死ぬ気ですか。」


 頭上から、冷たい声が降ってきた。


 見上げる。


 そこに立っていたのは――クリス殿下だった。


 整った顔には怒りも焦りもない。


 ただ真っ直ぐ私を見つめている。


「子どもを助けようとしただけです!」


「だからといって、自分の命を投げ出していい理由にはなりません。」


 淡々とした口調。


 なのに、不思議と胸に刺さる。


 私は思わず言い返していた。


「じゃあ、見捨てろって言うんですか!」


 辺りが静まり返る。


 誰もが息を呑んだ。


 王子に向かって声を荒らげる者など、この国にはいない。


 護衛騎士たちが青ざめる。


「む、無礼だぞ!」


 けれど私は引かなかった。


「目の前に助けられる命があるのに、見ているだけなんてできません!」


 クリスは何も言わない。


 ただ静かに私を見つめている。


 やがて、小さく息を吐いた。


「……そうですか。」


 それだけ言うと、踵を返した。


(な、なんなの、あの人……!)


 怖い。


 冷たい。


 やっぱり『氷の王子』って噂は本当だった。


 そう思いながら、私は子どもの頭を撫でる。


「もう大丈夫だよ。」


 安心したように笑う男の子を見て、自然と私も笑みがこぼれた。


 その笑顔を。


 去っていくはずだったクリスが、ほんの一瞬だけ振り返って見つめていたことを――。


 この時の私は、まだ知らなかった。

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