第二十五話 帰りたくありません
夜会も終わりに近づいていた。
「そろそろお送りします。」
クリス殿下が言う。
「はい。」
私は小さく頷いた。
王宮を出ると、夜風が心地よい。
馬車が静かに走り出す。
しばらくの間、二人とも何も話さなかった。
先ほどの告白。
そして、婚約者になってほしいという言葉。
思い出すだけで、顔が熱くなる。
「フラン。」
「は、はい。」
「今日は楽しめましたか。」
私は少し笑う。
「最初は緊張していました。」
「はい。」
「でも。」
私はクリス殿下を見る。
「殿下がずっと隣にいてくださったので、安心できました。」
「……そうですか。」
短い返事。
けれど、その声はどこか柔らかかった。
「ありがとうございます。」
「こちらこそ。」
クリス殿下は静かに答える。
「来てくださって、ありがとうございました。」
また胸が高鳴る。
◇ ◇ ◇
馬車は、下町にある私の家の前で静かに止まった。
「着きました。」
「はい。」
私は馬車を降りる。
「今日は本当にありがとうございました。」
「はい。」
「それでは、おやすみなさい。」
頭を下げ、家へ向かおうとした、その時。
「フラン。」
「はい?」
「帰りたくありません。」
「……え?」
私は思わず振り返る。
「殿下?」
「今日は、まだ話し足りません。」
真顔だった。
だからこそ驚く。
「えっと……。」
「もう夜も遅いですよ?」
「承知しています。」
「明日もお会いできますよね?」
「はい。」
「でしたら今日は……。」
「寂しいです。」
「…………。」
今。
この人。
寂しいって言った?
「殿下。」
「はい。」
「そんなことを言う方でしたっけ?」
「分かりません。」
「分からないんですか?」
「初めてなので。」
「初めて?」
「好きな人ができたのが初めてです。」
「……。」
その一言で。
反則だと思った。
こんなの。
真顔で言われたら、心臓がもたない。
「少しだけ。」
クリス殿下が言う。
「あと少しだけ、お話ししませんか。」
私は思わず笑ってしまう。
「五分だけですよ?」
「はい。」
「本当に五分です。」
「はい。」
「延長は禁止です。」
クリス殿下は少しだけ考えた。
「善処します。」
「善処なんですか!?」
思わず吹き出してしまう。
クリス殿下は真顔のままだった。
でも、その返事が少しだけ可笑しくて。
夜会で張り詰めていた気持ちが、ふっと軽くなる。
夜空には満天の星。
私はもう少しだけ。
この人と一緒にいたいと思ってしまった。




