第二十四話 婚約者になってください
会場のテラス。
夜風が火照った頬を優しく撫でていく。
「少し落ち着きましたか。」
クリス殿下が尋ねる。
「はい。」
私は小さく頷いた。
「ご心配をおかけしました。」
「心配はしていません。」
「……え?」
「守れると思っていました。」
真顔で言われる。
思わず苦笑した。
「すごい自信ですね。」
「はい。」
「どうしてですか?」
「私がいるからです。」
あまりにも迷いのない返事だった。
私はまた言葉を失う。
「フラン。」
「はい。」
「一つ、お聞きしてもよろしいですか。」
「もちろんです。」
「先ほど。」
一拍置く。
「身分が違うから、と言われていましたね。」
「……はい。」
胸が少し痛む。
「あの方たちの言うことも、間違ってはいません。」
「違います。」
すぐに否定された。
「ですが……。」
「違います。」
二度目だった。
クリス殿下は真っ直ぐ私を見る。
「私は、身分であなたを見ていません。」
「でも。」
「あなた自身を見ています。」
その瞳は揺らがない。
「初めて会った日。」
「……。」
「危険を顧みず、子どもを助けました。」
馬車の暴走。
あの日のことが頭に浮かぶ。
「私は。」
クリス殿下は静かに続ける。
「あの日から、あなたを目で追うようになりました。」
胸が高鳴る。
「花屋へ通ったのも。」
「……。」
「あなたに会いたかったからです。」
「え……。」
「花を買っていたのは、本当です。」
「はい。」
「ですが。」
「あなたと話す時間も、楽しみにしていました。」
言葉が出ない。
まさか。
毎日来ていた理由が。
「フラン。」
「はい。」
「私は。」
クリス殿下が一歩近づく。
「あなたが好きです。」
もう一度。
はっきりと。
「誰よりも、大切にしたいと思っています。」
胸がいっぱいになる。
「だから。」
クリス殿下は私へ手を差し出した。
「私の婚約者になってください。」
「…………え?」
頭が真っ白になった。
「こ、婚約者!?」
「はい。」
「い、いきなりですか!?」
「はい。」
「好きとは言われましたけど!」
「はい。」
「婚約者は飛びすぎです!」
私は思わず両手を振る。
「まだ、お互いを知っている途中ですよね!?」
クリス殿下は少し考え込む。
「確かに、その通りです。」
分かってくれた。
そう思った瞬間。
「では。」
「はい?」
「婚約を前提に、お付き合いしてください。」
「変わってません!」
夜のテラスに、私の声が響いた。
クリス殿下は少し首を傾げる。
「違いましたか。」
「違います!」
「難しいですね。」
「そこじゃありません!」
思わず叫ぶと。
クリス殿下は静かに頷いた。
「分かりました。」
「……。」
「では、待ちます。」
「え?」
「フランが、私を好きになってくださるまで。」
その言葉に。
私は何も返せなかった。
真っ直ぐすぎる瞳から、目を逸らせなかった。




