第二十二話 身の程を知りなさい
ダンスを終えたあと。
会場には再び穏やかな音楽が流れ始めていた。
「少し待っていてください。」
クリス殿下が私を見る。
「はい?」
「飲み物を取ってきます。」
「殿下がですか?」
「はい。」
あまりにも自然に答えられ、私は思わず目を瞬かせた。
「私が行きますよ。」
「必要ありません。」
「でも……。」
「フラン。」
静かな声で名前を呼ばれる。
「あなたはここで待っていてください。」
その言葉に押され、私は頷いた。
「……分かりました。」
「すぐ戻ります。」
クリス殿下はそう言って、飲み物の置かれた場所へ向かった。
◇ ◇ ◇
一人になると。
先ほどまでの楽しい時間が嘘のように、不安が押し寄せてくる。
周囲から向けられる視線。
小さな声。
私は気づかないふりをしていた。
その時。
「少しよろしいかしら。」
背後から声がした。
振り返る。
そこには三人の令嬢が立っていた。
「はい。」
私は慌てて頭を下げる。
「フラン・ローゼル様ですわね。」
「はい。」
「少しお話がありますの。」
断れる雰囲気ではなかった。
「分かりました。」
三人についていく。
会場の端。
人目はあるが、周囲の会話に紛れて声は届きにくい場所だった。
「単刀直入に申し上げます。」
一人の令嬢が口を開く。
「殿下に近づくのは、おやめくださいませ。」
「……。」
胸がざわつく。
「近づく、というのは……。」
「とぼけないでください。」
冷たい声。
「本日のダンスも拝見しました。」
「殿下が、あなたのような方と踊られるなんて。」
令嬢は小さく息を吐く。
「信じられませんわ。」
「私は……。」
言葉を探す。
「私からお願いしたわけではありません。」
「それが問題なのです。」
「……え?」
「殿下が優しいから、あなたは勘違いしているのではありませんか?」
胸に刺さる。
「勘違い……。」
「ええ。」
別の令嬢が続ける。
「ご自身の立場を理解してくださいませ。」
私は黙る。
「あなたは没落男爵家の令嬢。」
「今では花屋で働いているのでしょう?」
「……はい。」
否定できなかった。
「でしたら。」
令嬢は微笑む。
「身の程を知りなさい。」
その言葉に。
胸が締めつけられる。
分かっている。
私が、ここにいること自体が不思議なのだ。
王子殿下の隣に立つなんて。
そんな資格があるのか。
「申し訳……。」
謝ろうとした、その瞬間。
「何をしているのですか。」
静かな声が響いた。
空気が凍る。
「……殿下。」
振り返る。
クリス殿下が立っていた。
手には、二つの飲み物。
けれど。
その表情はいつもの無表情とは少し違った。
冷たい。
怒っている。
「フラン。」
「はい。」
「こちらへ。」
短い言葉。
私は言われるまま、クリス殿下の隣へ戻る。
「彼女に。」
クリス殿下が令嬢たちを見る。
「何を言いましたか。」
穏やかな声。
しかし。
その場にいた誰もが分かった。
氷の王子が。
本気で怒っていることを。




