第二十一話 初めてのダンス
差し出された手を見つめる。
「……私でいいんですか?」
思わず、そんな言葉が出た。
「はい。」
クリス殿下は迷いなく答える。
「ですが、私はダンスに慣れていません。」
「知っています。」
「足を踏んでしまうかもしれません。」
「問題ありません。」
「転ぶかもしれません。」
「支えます。」
あまりにも即答だった。
私は思わず目を瞬かせる。
「殿下。」
「はい。」
「もう少し迷ってもいいと思います。」
「なぜですか。」
「普通は、そんなにすぐ大丈夫とは言わないので。」
クリス殿下は少し考えた。
「ですが。」
一歩近づく。
「フランが相手なら、大丈夫だと思っています。」
まただ。
この人は。
どうしてそんな言葉を、真顔で言えるのだろう。
「……分かりました。」
私はそっと手を重ねた。
「よろしくお願いします。」
「はい。」
◇ ◇ ◇
会場の中央。
たくさんの視線を感じる。
「大丈夫ですか。」
クリス殿下が小さく尋ねる。
「はい。」
私は頷く。
「でも、少し緊張しています。」
「私もです。」
「え?」
思わず顔を上げる。
クリス殿下はいつもの無表情だった。
「殿下が?」
「はい。」
「嘘ですよね?」
「本当です。」
「全然そう見えません。」
「そうでしょうか。」
クリス殿下は少し首を傾げる。
その仕草が少しだけ可笑しくて。
私は小さく笑った。
「……。」
クリス殿下が私を見る。
「あの?」
「いえ。」
短く答える。
「何でもありません。」
音楽が始まる。
私は慌てて姿勢を正した。
最初の一歩。
緊張で足が固くなる。
でも。
「力を抜いてください。」
クリス殿下の声が聞こえる。
「私に合わせてください。」
「はい。」
ゆっくりと動く。
一歩。
二歩。
気づけば、体は自然についていっていた。
「……上手ですね。」
「本当ですか?」
「はい。」
クリス殿下は頷く。
「フランは覚えが早いです。」
「殿下が教えるのが上手なんです。」
そう言うと。
クリス殿下は少し黙った。
「殿下?」
「……。」
「どうしました?」
「嬉しいです。」
あまりにも素直な返事だった。
私は驚く。
「そんなことで?」
「はい。」
クリス殿下は真っ直ぐ私を見る。
「フランに褒められることは、嬉しいです。」
胸が高鳴る。
会場にはたくさんの人がいる。
たくさんの視線がある。
それなのに。
今は、この人の声しか聞こえない気がした。
◇ ◇ ◇
曲が終わる。
大きな拍手が響く。
私は慌てて手を離そうとした。
しかし。
クリス殿下の手は、すぐには離れなかった。
「あの……殿下?」
「……失礼しました。」
少し遅れて手が離れる。
「楽しかったです。」
クリス殿下が言う。
「私もです。」
そう答えると。
クリス殿下は静かに頷いた。
「それなら良かったです。」
その時。
遠くから、こちらを見ている令嬢たちの姿が見えた。
先ほどの人たちとは違う。
明らかに不満そうな表情。
「……。」
私は少しだけ不安になる。
すると。
「フラン。」
「はい?」
「大丈夫です。」
クリス殿下が言った。
「私は、あなたの味方です。」
その言葉に。
なぜか、不安が少しだけ消えていった。




