第十九話 氷の王子の隣へ
夜会当日。
私は朝から落ち着かなかった。
「フラン、深呼吸しろ。」
「しています!」
店主の言葉に反論する。
「でも無理です!」
鏡の前に立つ。
そこに映っているのは、いつもの花屋で働く私ではなかった。
選んでもらったドレス。
整えられた髪。
少しだけ飾られた姿。
「……本当に私なんでしょうか。」
思わず呟く。
その時。
外から馬車の音が聞こえた。
カラン。
扉が開く。
「お迎えに参りました。」
聞き慣れた声。
「クリス殿下。」
振り返る。
いつもの黒い礼服。
いつもの無表情。
なのに。
なぜか今日は、少しだけ緊張しているように見えた。
「フラン。」
「はい。」
クリス殿下は一瞬だけ黙る。
「……。」
何も言わない。
「あの……。」
不安になる。
「やっぱり変でしょうか?」
「違います。」
即答だった。
「では……。」
クリス殿下は少しだけ視線を逸らす。
「とても似合っています。」
「……。」
短い言葉。
でも。
その声には、いつもより少しだけ迷いがあった。
「ありがとうございます。」
私は頬が熱くなるのを感じた。
「では、参りましょう。」
「はい。」
差し出された手。
少し迷ってから。
私はその手を取った。
◇ ◇ ◇
王宮へ到着すると。
その場の空気が変わった。
煌びやかな会場。
大勢の貴族。
美しいドレス。
誰もが華やかな世界の住人に見える。
「……。」
思わず足が止まる。
「フラン。」
「はい。」
「こちらを見てください。」
クリス殿下の声に顔を上げる。
「あなたは、私の招待した客です。」
「……。」
「堂々としていてください。」
その言葉に背筋が伸びる。
「ありがとうございます。」
「はい。」
会場へ入る。
すると。
ざわめきが起こった。
「誰だ、あの令嬢は。」
「殿下がお連れになっている?」
「まさか……。」
視線が集まる。
やっぱり。
場違いなのかもしれない。
そう思った瞬間。
クリス殿下の手が、少しだけ強く握られた。
「大丈夫です。」
小さな声。
「私がいます。」
その一言だけで。
不思議と足が動いた。
◇ ◇ ◇
「クリス殿下。」
近づいてきた数人の令嬢が頭を下げる。
「ご機嫌麗しゅうございます。」
「はい。」
クリス殿下は淡々と返す。
その中の一人が、私を見る。
「……殿下。」
「何でしょう。」
「そちらの方は?」
声は丁寧。
でも。
どこか探るような響きだった。
「フラン・ローゼル嬢です。」
「ローゼル……。」
令嬢は微笑む。
「失礼ながら、初めて聞くお名前です。」
胸が少し痛む。
やっぱり。
ここは私がいる場所ではない。
そう思った時。
「彼女は私の大切な客人です。」
クリス殿下が静かに言った。
空気が変わる。
「ですから。」
冷たい声。
「失礼な態度は許しません。」
令嬢は一瞬黙る。
私は驚いてクリス殿下を見る。
いつもの無表情。
でも。
その言葉には、はっきりとした意思があった。




