第十八話 夜会の前日
夜会を翌日に控えた朝。
私は花屋の仕事をしながらも、どこか落ち着かなかった。
「フラン。」
「はい?」
「さっきから同じ花を三回並べ直してるぞ。」
店主の言葉に、私は手を止める。
「……本当ですか?」
「ああ。」
自分でも気づいていなかった。
「緊張してるのか?」
「しますよ!」
私は思わず声を上げる。
「王宮ですよ!?」
「まあ、普通はな。」
「しかも夜会ですよ?」
「そうだな。」
「貴族の方がたくさんいるんですよ?」
考えれば考えるほど不安になる。
作法を間違えたら。
変なことを言ったら。
笑われたら。
「フラン。」
店主が優しく呼ぶ。
「はい。」
「お前を誘ったのは誰だ?」
「……クリス殿下です。」
「なら、大丈夫だろ。」
「でも……。」
「殿下が何も考えずに誘うと思うか?」
その言葉に、私は黙る。
確かに。
クリス殿下はいつも何事にも真剣だった。
だからこそ。
「……迷惑をかけたくないんです。」
ぽつりと呟く。
すると。
カラン。
店の扉が開いた。
「こんにちは。」
「……。」
この声。
「クリス殿下。」
「こんにちは、フラン。」
いつものように花を選びに来た。
でも。
今日は少し違った。
「明日の件ですが。」
「はい。」
「確認があります。」
「確認?」
「夜会では、私の側を離れないでください。」
「え?」
あまりにも真剣な顔で言われ、私は瞬きをする。
「えっと……。」
「不安になる必要はありません。」
クリス殿下は続ける。
「あなたを一人にしません。」
その言葉に、胸が少し温かくなる。
「ありがとうございます。」
「はい。」
そこで終わると思った。
でも。
「それから。」
「はい?」
「明日は。」
一拍。
「私の隣にいてください。」
心臓が跳ねる。
「……それは。」
「困りますか?」
クリス殿下が尋ねる。
珍しく。
本当に少しだけ。
不安そうに見えた。
「いえ。」
私は慌てて首を振る。
「困りません。」
「そうですか。」
クリス殿下は静かに頷いた。
「安心しました。」
その一言に、また驚く。
氷の王子。
誰も近づけないと言われる人。
そんな人が。
私の返事一つで、安心したと言った。
「では、明日。」
「はい。」
「迎えに来ます。」
「……分かりました。」
クリス殿下が帰った後。
私はしばらく扉を見つめていた。
「フラン。」
店主が笑う。
「はい。」
「完全に大事にされてるな。」
「そ、そんなこと……。」
否定しようとして。
言葉に詰まる。
だって。
明日、私が不安にならないように。
わざわざ伝えに来てくれたのだから。
◇ ◇ ◇
その夜。
私は用意されたドレスを眺めていた。
明日は王宮。
そして。
クリス殿下の隣に立つ日。
「……大丈夫かな。」
小さく呟く。
不安は消えない。
でも。
不思議と、怖くはなかった。
明日は。
あの人がいる。
そう思えたから。




