第十七話 彼女だけのドレス
王都でも有名な仕立て店。
普段なら、私には縁のない場所だった。
「こ、ここですか……?」
店の前で立ち止まる。
大きな看板。
美しく飾られたドレス。
どう見ても高級店だ。
「はい。」
クリス殿下はいつも通り答える。
「入ります。」
「待ってください!」
私は慌てて呼び止めた。
「ここ、絶対に高いですよね?」
「そうですね。」
「認めるんですか!?」
「良い品を扱っています。」
「だから高いんですよね!?」
「はい。」
あまりにも素直だった。
◇ ◇ ◇
店内へ入ると、すぐに店員が頭を下げた。
「クリス殿下、お待ちしておりました。」
「よろしくお願いします。」
「かしこまりました。」
店員は私を見る。
「こちらのお嬢様のドレスですね。」
「はい。」
クリス殿下が答える。
その声があまりにも自然で、私は少しだけ戸惑った。
(本当に……私のために来たんだ。)
「フラン嬢。」
店員が優しく尋ねる。
「お好みの色などございますか?」
「えっと……。」
私は少し考える。
「特に決まっていなくて。」
「では。」
クリス殿下が口を開いた。
「フランに似合うものを選んでください。」
「……。」
一瞬、言葉が出なかった。
「殿下。」
「はい。」
「今、私に似合うものをって……。」
「はい。」
「普通は夜会に相応しいものとか、格式とかを気にするものでは?」
クリス殿下は少し考える。
「もちろん、それも大切です。」
「はい。」
「ですが。」
真っ直ぐ私を見る。
「私は、フランが綺麗だと思えるものが良いです。」
「……。」
胸が跳ねた。
この人は。
本当に、平然と言う。
「……ありがとうございます。」
なんとかそれだけ返した。
◇ ◇ ◇
いくつかのドレスを試着する。
淡い色。
華やかな色。
どれも素敵だった。
「こちらはいかがでしょう。」
店員に勧められた一着を着て、鏡を見る。
見慣れない自分が映っていた。
王宮の夜会なんて、自分には遠い世界だと思っていた。
でも。
今の私は、その場所へ行こうとしている。
「クリス殿下。」
呼びかける。
店の奥で待っていたクリス殿下が振り返った。
そして。
ほんの一瞬だけ、目を見開いた。
すぐにいつもの無表情へ戻る。
「……。」
何も言わない。
不安になる。
「やっぱり似合いませんか?」
「違います。」
返事が早かった。
「では……?」
クリス殿下は少しだけ視線を逸らす。
「似合っています。」
「……。」
「とても。」
短い言葉。
でも。
その声はいつもより少しだけ柔らかかった。
「ありがとうございます。」
私は照れながら笑う。
クリス殿下はしばらくドレス姿の私を見ていた。
「殿下?」
「……失礼しました。」
すぐに視線を戻す。
「決まりました。」
「え?」
「このドレスにします。」
店員が頷く。
「かしこまりました。」
「ま、待ってください!」
「はい。」
「まだ他のものも見ていません!」
「必要ありません。」
「どうしてですか?」
クリス殿下は迷いなく答える。
「一番、フランに似合っていたからです。」
まただ。
この人は。
どうしてそんなことを、そんな真顔で言えるのだろう。
◇ ◇ ◇
店を出る頃。
私は小さく息を吐いた。
「殿下。」
「はい。」
「本当にありがとうございました。」
「はい。」
「でも……。」
少しだけ申し訳なくなる。
「こんなにしていただいて、大丈夫なんですか?」
クリス殿下は足を止めた。
「フラン。」
「はい。」
「私は、あなたに夜会を楽しんでほしいと思っています。」
真っ直ぐな瞳。
「それだけです。」
その言葉に、胸が少しだけ温かくなった。
「……分かりました。」
私は小さく笑う。
「当日は、頑張ります。」
「はい。」
クリス殿下は頷いた。
「楽しみにしています。」
その一言だけで。
なぜか、夜会の日が少し待ち遠しくなった。




