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死ぬ前に、君は俺を見る  作者: HATENA 
第1章「視界」

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第7話

 次の日の昼、授業の終わり際に担任が教室へ入ってきた。

出席簿を閉じる音が、いつもより硬い。


「神代、ちょっと職員室」


 名前を呼ばれた瞬間、湊の肩が先に上がった。

返事は半拍遅れて出る。


 廊下を歩く間、担任は何も言わない。

窓ガラスに並ぶ自分たちの影だけが、歩幅に合わせて揺れる。


 職員室の隅に、見覚えのある男がいた。

薄いコートに、静かな目。


 高城。


「また会ったね」


 柔らかい声だった。

柔らかいのに、逃げ道はない。


「少し確認したいだけ」


 高城は椅子を引いて、湊に座るよう促した。

机の上にはメモ帳と、ペットボトルの水。

キャップはまだ閉まったままだった。


「この前の駅。

 君、あの事故より前から現場の近くにいたよね」


 湊はうなずく。

喉が乾いているのに、水に手を伸ばせない。


「最近、似た場所に君がいるって話が続いてる。

 偶然、で片づけるには多い」


 言い方は責めていない。

ただ、順番に狭めてくる。


「何か知ってる?」


 湊は息を吸う。

入る量が足りない。

もう一度吸って、視線を机の木目に落とした。


「……知らないです」


 高城は数秒黙った。

ペン先でメモ帳を軽く叩く。

一度だけ。


「君が嘘をついてるかどうかは、いまは置く。

 でも、危ない場所に先回りしてるなら、君自身が危ない」


 その言葉で、湊の指先が勝手に袖口をつまむ。

離して、またつまむ。


 高城の視線がそこを見た。


「眠れてる?」


 質問が急に変わる。

湊は顔を上げる。


「……あんまり」


「食欲は」


「普通です」


 普通。

言ってから、何が普通なのか分からなくなる。

高城はそれを指摘しなかった。


「何かあったら連絡して」


 名刺が机の端に置かれる。

湊は受け取って、裏返して、また表に戻した。


 職員室を出ると、廊下の空気が少し冷えていた。

教室に戻る途中、階段の踊り場で春名が立っている。

壁にもたれ、腕を組んだままこちらを見る。


「呼ばれてたね」


「うん」


 春名は近づかず、その場で続ける。


「刑事?」


 湊は返事の代わりに、ポケットの名刺を指で押した。

紙の角が太腿に当たる感触だけがはっきりする。


「神代くんさ」


 春名が言いかけて止まる。

階下で誰かが笑い、すぐ遠ざかる。


「自分のこと、後回しにしすぎ」


 湊は目をそらす。

それが正しいのか違うのかを考える前に、

先に否定したい反応だけが上がる。


「そんなこと」


「あるよ」


 春名の声は強くない。

でも逃がさない調子だった。


「顔色、ずっと悪い。

 あと、さっきから呼吸浅い」


 湊はそこで初めて、自分が短く速く息をしていたことに気づく。

深く吸おうとして、うまく入らない。


 春名は小さく息を吐いて、視線を外した。


「今日、一緒に帰る?」


 誘いというより、確認みたいな言い方。

湊はすぐにうなずけない。

迷っている間に、春名は先に階段を下りた。


「昇降口で待つ。

 来ないなら、それでいい」


 言い切って、振り返らない。


 放課後、昇降口にはまだ数人いて、

床のタイルに外の曇り空がぼんやり映っていた。


 春名は壁際で立ち、スマホを見ている。

湊に気づいても手は振らず、画面を閉じるだけだった。


 二人で歩き出す。

会話はほとんどない。

靴音の間隔だけが揃ったり、ずれたりする。


 交差点に差しかかったとき、春名が足を止めた。


「あのさ」


 湊も止まる。

信号待ちの人波が横を抜ける。


「もし、次に何かあったら。

 隠さないで」


 湊は返事を探す。

約束の言葉は、どれも薄く聞こえる。


「……できるだけ、そうする」


 春名は苦い顔で笑った。


「それ、できないやつの言い方」


 青信号になる。

二人はまた歩き出す。


 渡り終える直前、湊のスマホが震えた。

通知音は短い。

画面を開く前に、胸の奥が先に固くなる。


 春名が横目で見る。


「何?」


 湊は画面を見たまま、答えなかった。

春名まで見たなら、自分だけの見間違いでは片づかない。

 地域速報アプリの見出しに、

「河川敷で身元不明の重体者」と出ている。


 水面の反射で発見。

搬送中。詳細確認中。


 湊の呼吸が止まる。

川沿いの薄暗い護岸が、まだ見てもいないのに頭に近づいてくる。

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