第5話
県警捜査一課の高城は、
湯気の消えた紙コップを指で回しながら資料を見ていた。
朝の会議室は暖房が効いているのに、窓際だけ冷える。
机の中央に並ぶのは、
この一週間の死亡事案の一覧。
列車内火災。駅ホーム転落。集合住宅火災。高校生の急性発作。
現場も原因も、表面上は繋がっていない。
高城は赤ペンで丸をつけた欄に、
もう一度目を止める。
「神代湊」
聴取記録に同じ名前が二度出ている。
「まだその子追ってるんすか」
向かいの若手が椅子を引きながら言う。
高城は資料から視線を上げない。
「追うってほどじゃない。気になるだけだ」
若手は肩をすくめる。
偶然じゃないですか、と軽く笑って席に戻った。
高城はその笑いを聞き流し、駅前で会ったときの神代の顔を思い出す。
怯えていた。
隠していた。
どちらにも見えた。
敵意は感じなかった。
だが、説明を拒む硬さがあった。
昼前、学校側へ追加聞き取りに向かった。
職員室の空気は消毒液のにおいが強く、教頭は必要以上に丁寧な口調で対応した。
神代について聞くと、教頭は言葉を濁した。
最近ぼんやりしている。
授業中の集中が落ちている。
断定を避けながら、その二つだけを置く。
廊下ですれ違う生徒たちの間に、
薄い噂の気配がある。
直接は聞こえないが、
「また」「見たらしい」という単語だけが断片で届く。
高城は階段の踊り場で立ち止まり、
手帳の端を指で押した。
この手触りが、考えをまとめる癖になっている。
神代湊を容疑者として見るには証拠が薄すぎる。
被害者として扱うには、行動が説明に合わなすぎる。
どちらにも置ききれない。
その中途半端さが、
高城にはいちばん不気味だった。
夕方、署へ戻ると監察医から速報が入った。
四件目の高校生の所見に、
直接死因と無関係な軽い爪痕があるという。
自分の胸元を掻いたような痕。
窒息前の不安反応かもしれない、とだけ記されていた。
高城は報告書を閉じ、
目を閉じたまま数秒、椅子にもたれた。
窒息前。
不安反応。
駅で会った神代の浅い呼吸が重なる。
夜、署の出口で雨はやんでいた。
濡れた路面に街灯が伸び、
歩くたびに靴底が薄く貼りつく。
高城はスマホのメモを開き、
「神代湊 継続確認」とだけ打つ。
打ってから、すぐには保存しなかった。
画面に映る自分の顔の横で、
背後の暗いガラス扉に誰かの影が揺れる。
振り向くと、誰もいない。
ただ、閉じた扉に映る自分の輪郭だけが、
一瞬遅れて止まったように見えた。




