第11話
その夜、湊は部屋の電気を消したあとも、
カーテンを閉めきれなかった。
指先で端をつまんで、三センチほど隙間を残す。
閉じて、また開ける。
外灯の光が窓ガラスに薄く映る。
映るのは自分の影だけ。
そう確認してから、
湊はようやくベッドに腰を下ろした。
スマホに着信。
春名だった。
「起きてる?」
「……うん」
通話口の向こうで、
春名が一度だけ息を吸い直す音がする。
「今日の帰り、
神代くんの後ろに誰かいた?」
湊は返事の前に、
胸の奥が先に固くなるのを感じた。
「見えた?」
「見えたっていうか、
気のせいかもしれないけど、同じ人」
春名の声は抑えていた。
抑えているぶん、怖さが残る。
「校門の外でも、駅前でもいた。
黒い帽子」
湊は窓の隙間を見る。
ガラスに映る自分の輪郭が、
通話中ずっと揺れている気がした。
「……ごめん」
「謝るの違う」
春名は即答した。
短くて硬い。
「もし本当に同じ人なら、
警察に言う」
湊は高城の名刺を胸ポケットから出す。
机の上に置く。
裏返して、表に戻す。
「明日、話す」
それだけ言うと、
春名は少し沈黙してから「分かった」と返した。
通話が切れたあと、
湊は名刺を指先で押さえたまましばらく動かなかった。
紙の角が皮膚に当たって、
小さな痛みだけがはっきり残る。
翌日、学校へ向かう道で、
湊は三度振り返った。
一度目は自転車の高校生。
二度目は犬を連れた老人。
三度目は、誰もいない歩道。
それでも、背中の感覚は消えない。
昼休み、湊は人気のない渡り廊下で高城に電話をかけた。
呼び出し音が二回鳴って、すぐ繋がる。
「神代くん?」
低い声。
湊は短く息を吸う。
「……相談、あります」
午後、校外の喫茶店で会うことになった。
窓際の席。
コーヒーの湯気。
雨が降りそうな曇り空。
高城はメモを開き、
余計な相槌を挟まずに聞いた。
校門の外灯。
駅前。
黒い帽子。
春名の目撃。
「本人の特徴、もう少し出せる?」
湊は目を閉じる。
出そうとして、像が崩れる。
輪郭はある。顔はない。
「……背、普通。
暗い服。帽子」
高城はうなずく。
否定も、焦りも見せない。
「分かった。
こっちでも周辺カメラを当たる」
それから少し間を置いて、
視線を上げた。
「ただ、君も一人行動を減らして。
春名さんにも伝えていい?」
湊は一瞬迷い、うなずいた。
高城はすぐメモに追記する。
店を出るころ、
雨が細く降り始めていた。
湊は傘を開き、歩道の端を歩く。
信号で止まったとき、
向かいのコンビニのガラスに自分が映る。
白い傘。濡れた肩。
その二歩後ろ、黒い帽子の影が一瞬だけ重なる。
湊は振り向く。
通行人がすれ違うだけで、帽子の男は見えない。
もう一度ガラスを見る。
今度は自分しか映っていなかった。
息が浅い。
傘の柄を握る手に、力が入りすぎる。
指先が白くなっていくのを、
湊は見ないふりで歩き出した。




