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死者の昼時  作者: 夏多巽
3/5

第3話

 四人は店長に別れを告げると、《鈴鳴》を後にした。

 既に空は暗くなっていて、周囲の建物の窓や街灯から放たれる光が路上を点々と照らしていた。

 皐月は「さて」と言い、甲斐の前に立った。


「甲斐さん、教えてくれますね?」

「何の話ですか?」


 甲斐は素知らぬ顔だ。


「決まっています。貴方がまだ話していないことです」


 皐月の言葉には確信の色に満ちていた。


「とてもおかしな話です。事件当日、須崎さんは謎の二人組に追われていた。拓真が言ったように、真っ先に疑われるのはその二人のはずです。ですが、貴方と三崎さんの態度を見ていると、二人組を気にしている様子がまったくない。まるではなから疑っていないとでも言うように」


 今の皐月は、絶対的な支配者が一切の秘密を吐露することを迫るような空気を纏っていた。


「話すつもりがないなら私から言いましょう。須崎さんを追っていた二人組とは警察官ではありませんか?」

「警官!」拓真が思わず叫んだ。

「須崎さんは何らかの理由で警察官に尾行されていたんですね。そして、尾行に気づいた彼はトイレに行くふりをしてこっそり窓から逃げ出した。それを知った警官たちは慌てて後を追ったんです。いかがですか?」


 甲斐はやれやれと言いたげに首を振った。


「少々違いますね。須崎孝光を追っていたのは警官ではなく麻薬取締官マトリです」


 皐月は目を光らせた。


「成程! そういう話ですか」

「須崎孝光は前から目を付けられていたんですよ。大麻の密売容疑です」

「大麻……本当ですか?」拓真は未知の世界の出来事について訊ねるかのようだった。


 甲斐は大きく一度頷いてみせた。


「少なくとも奴が大嘘つきなのは事実です。投資で財を成したと吹聴していたそうですが、そんな事実は一切ありません。莫大な財産が転がり込んできたという話もない」

「須崎は大麻密売グループのリーダーと目をつけられていました。ただ、非常に慎重な男でなかなか尻尾を見せなかったんです」と、三崎が甲斐の説明を引き継いだ。

「それで須崎さんを尾行したのですね」

「須崎が売人と接触している現場を押さえようと思ったんです。事件の日、マトリ二名が家を出た須崎の追跡を開始しました。最初奴の動きに不審な点はなく、いつも通っているあの喫茶店に入り、マトリたちも後に続いた。食事中にスマホを弄ってる場面はあったが、誰かと連絡を取り合う様子もなかった。これは須崎の持っていたスマホの履歴を調べて確認済みです。そして閉店間近になって須崎はトイレに入り、そのまま一向に出てこない。妙に思ったマトリがトイレの個室の前へ行ってみると、鍵がかけられていないのを見つけたそうです。ノックしても返事がない。これは妙だと思って扉を開けると――」

「もぬけの殻だったと」


 拓真は納得した。


「そういうことだったんですか。須崎さんはマトリが尾行していることに気づいていた。だから、隙を見てトイレから逃げ出した」

「おまけに須崎はその後に殺されたときた。マトリの奴等、しくじったことに随分しょげていたな」


 甲斐は以前に話をした二人組の取締官の態度を思い出して、同情を寄せた。


「密売グループの他のメンバーはもう目星をつけているのですか?」

「そっちはもう手を回してます。須崎のスマホに登録されていた連絡先を当たったらヒットしました。リーダーが死んで動揺してたらしくて、こっちは楽でしたよ」

「その人たちが殺人に関与している可能性もあるんじゃないですか?」

「ないとは言い切れんがね。だが、その割には連中下手を打ってた。自分たちでやったなら、警察の手が伸びる前に逃げ出しそうなもんだ」


 皐月は目を細めた。


「となると、やはり須崎さんの周囲の人間を疑っているのですか。智美さんもその一人ですね」

「秋山智美は車を所有しています。事件の日に彼女は買い物帰りに喫茶店の近くにいた。しかも、出かける前に須崎と電話している。

 こういう流れが考えられます。十二時頃に智美は須崎から電話を受け、警察に尾行されているから助けてほしいと要請される。智美は買い物帰りに喫茶店の近くで待機し、逃げ出した須崎を乗せて走り去る。その後、彼女はどこか人気のない場所で須崎を殺害し、遺体を車に乗せたまま夜まで待つ。そして、遺体を高架下に遺棄してから家に帰った」

「何故智美さんが須崎さんを逃がすのに協力しなきゃいけないんですか?」


 拓真が不満そうに食い下がると、皐月が言った。


「拓真、わかるだろう。甲斐さんは智美さんが大麻の密売に関与していた可能性を疑っているのだ」


 甲斐は少し声を落として言った。


「実は秋山智美が在籍している大学で、去年の暮れに女子学生が一人大麻の所持でしょっ引かれているんです。彼女と同じ経済学部の学生で、顔見知りでした」

「その学生は、当時行きつけだったボウリング場で知り合った男から大麻を売ってもらったと取調べで語っています。その男というのが例の須崎の建物の借主なんです。それにその学生がボウリング場へ通い出したのは、秋山智美に連れていかれたのが切っ掛けです」


 皐月がはたと思い出した。


「そういえば秋山さんに見せてもらった智美さんと須崎さんの写真は、ボウリング場で撮影されたものだったな」

「須崎もそこによく通っていたそうです」と、三崎が補足した。

「智美さんは須崎さんから大麻を購入していたか、あるいは彼に顧客を紹介していた。そんな中、須崎さんがマトリに目をつけられた。このまま彼が逮捕されれば自分もお終い。須崎さんは逃げるから手を貸してほしいと智美さんに頼んだ。しかし、智美さんは須崎さんを生かしておくと邪魔になると考え、彼を殺害した。そういうことですか?」


 皐月が甲斐の主張をまとめると、彼はその通りだと言うように頷いた。


「須崎はグループ内で段取りをすべて決めていたそうですが、手下にも全部話してたわけじゃないみたいです。奴等も知らない須崎の隠れた協力者がいた可能性はあります」


 探偵姫は微笑んだ。


「では、私たちは智美さんが無実という前提で調査するとしましょう。須崎さんと密接な関係を持つ人や、殺害する動機を持つ人について教えてください」


 問いに答えたのは三崎だった。


「須崎は表向き気前の良い人間で通っていたみたいです。今のところ悪く言う人はほとんどいません。遊び相手も男女問わず複数います。ただ、先程店にいた元交際相手の塚本七枝とは折り合いが悪かったそうです。同じく一緒にいた二宮亮平も須崎をやけに嫌っていたという証言があります」

「それは興味深い。その二人と今度話をしてみましょう」


 次の目標を見据え、皐月の瞳が爛々と輝き出す。彼女の中の好奇心が本格的にエンジンをかける頃合いになっていた。


「甲斐さん、最後にもう一つだけ。事件の捜査資料の写しを見せていただけませんか?」

「仮にも一般人が警察官相手に堂々と捜査資料を強請(ねだ)るのはやめてほしいんですがね。まあ、いいでしょう」


 甲斐は露骨に呆れた顔をしたが、拒絶はしなかった。


「ありがとうございます」


 皐月は誰もが見惚れる麗しい顔に感謝の喜びを表した。彼女に耐性のない三崎はそれを見て、思わずどきりとした。

 甲斐はふと気づいた様子で訊ねた。


「ところで、昴くんは今日一緒じゃないんですね」


 甲斐は眼前の“お嬢さん”が執心している少年が、この場にいない理由がずっと気になっていた。

 皐月は「ああ」と小さく呟いた。


「昴ならどうしても外せない用事があるからパスすると言っていましたよ」

「大事な用事ですか?」

「いいえ、友人と一緒にレースゲームのオンライン対戦をする約束です」

「……そうですか」


 相変わらずマイペースな男だ、と甲斐は思った。




 皐月たちが出て行った後、秋山智美は休憩室から店内へと戻った。

 店長が現れた智美を、心配そうに見る。


「智美ちゃん大丈夫?」

「平気です。こちらこそ心配かけてすみません」


 智美は気丈に振る舞った。

 塚本七枝が離れた場所から声をかける。


「あんまり無理しちゃ駄目だよー? 孝光なんかのために心を痛める必要なんかないって」

「七枝ちゃん、それはちょっと……」


 店長はデリカシーに欠ける言葉を窘めようとしたが、智美が遮った。


「気にしないでください。七枝さんにも言い分はあるでしょうから」

「あー、智美ちゃんが優しい。良い子すぎる」

「警察はやっぱりお前を疑ってるのか?」


 二宮亮平が智美を一瞥した。


「はっきりとは言いませんでしたけど、多分そうだと思います」

「孝光を殺したい奴なんていくらでもいるに決まってんじゃん。怪しい二人組の方なんてまさにそれでしょ。なーんでよりにもよってこんな良い子疑うかなー」

「そうだな」


 二宮はあらぬ方向を見つめながら、反射的に答えた。


「それにしても妹さんは貴女のこと心配してるのね。お友達が力になりたくてわざわざ来るなんて」

「由布には首を突っ込むなって釘を刺してたんですけどね」


 智美はそう言いつつも、表情に嬉しさを隠しきれていなかった。同時に妹に心配させたことへの申し訳なさも窺えた。


「でも、姉想いの良い子じゃない。さっさと無実を証明して安心させなさい!」


 七枝は力強く言うと、ミルクのたっぷり入ったコーヒーを一気に飲み干した。




 金曜日の放課後、《探偵クラブ》の七人は西楼院高校の会議室へ集まっていた。

 本来会議室は正当な目的がなければ使用許可は下りないが、皐月と理事の息子である涼が揃って教師に頼んだところ、あっさりと借り受けることができた。

 テーブルの上には、皐月が甲斐から受け取った捜査資料が広げられている。


「さて、須崎さんの検死報告書と捜査記録に目を通して気になった点をまとめてみた」


 皐月は予めまとめていた要点を、六人の男子生徒へ説明し始めた。


「須崎さんの死亡推定時刻は遺体が発見された日の前日、午後三時頃から六時頃にかけて。死因は後頭部を殴られたことによる脳挫傷。棒状の物を振り下ろされて一撃の下に殺害されている。傷跡の位置や形からして座っているところを背後から殴られたと考えられる」

「犯行の手口からして、犯人は男性の可能性が高い?」と、稔が訊いた。

「いや、女でも可能だろう。若くて体力があるなら難しくないと思う」


 修平が検死報告書に目を通しながら言った。


「遺体は夜までどこかに隠されていたんだよね。衣服に付着していた痕跡からその場所の特定はできたのかな?」拓真が訪ねた。

「残念ながら未だ不明だ。喫茶店からあまり離れていない人通りの少ない場所を重点的に調べているそうだ」

 涼が言った。「須崎さんは喫茶店から逃げ出した後、犯人と遭遇した可能性が高いんだよね? 街頭カメラに何か映ってないの?」

「街頭カメラをチェックしたが須崎さんの姿は映っていなかった。ただ、ショッピングモールから出た後の智美さんの車は映っていた。喫茶店から徒歩五分程度の位置にある通りを二時半に通っている」


 皐月が涼の質問に答えると、征四郎が目を光らせた。


「そこから人目を忍べる場所へ移動して、須崎を拾うことはできるか?」

「可能だと思う」


 涼と征四郎は顔を見合わせた。それを見ていた稔は、二人は智美犯人説も視野に入れているのだろうと推察した。

 稔の考えを裏付けるかのように、涼がさらに質問する。


「智美さんの車はもう調べたの?」

「まだ令状が出ていない。容疑が固まっていないからな」

「須崎さんの所持品の中に手がかりになりそうな物はなかったの?」

「一通り見たが気になる物は見当たらない。皆も確認してくれ」


 拓真が所持品のリストを受け取り、読み上げた。


「所持品はスマホ、財布、印鑑、通帳、ボールペン、手帳、カードケース、のど飴、喫茶店のレシート、マルチビタミンのサプリメント」

「大麻は持ってなかったのか?」征四郎が横からリストを覗き込んだ。

「尾行されてると知っているのに、決定的な証拠を持つわけないだろう」


 修平は何を馬鹿なことを言っているんだと呆れた顔で言った。


「それで智美さん以外に犯行のチャンスがありそうな人はいなかったの?」


 稔は由布のことを考え、できれば他に犯人がいてほしいと願っていた。


「強いて挙げるとしたら七枝さんと二宮さんの二人だ。あの二人は須崎さんがトイレに行く前に退店している。それにどちらも須崎さんを快く思っていなかった。七枝さんは元交際相手だったが、具体的にどんなトラブルがあったかはわからない。二宮さんに至っては、何故嫌っているのかすら不明だ。明日二人にでも二人の話を聞きたいと思っている。皆頼めるか?」


 征四郎が勢いよく胸を叩いた。


「任せな。じゃ、俺と成海、相田、小宮で二人ずつに分かれようぜ。新堂は昨日行ったから休みな」

「僕たちも出番が欲しいからねー」

「なら俺と相田、指宿と小宮で分かれるか」


 班分けはとんとん拍子に進んだ。拓真は四人の言葉に異議を唱えなかった。彼らの言葉に甘えたからではない。四人が調査に出向くということは、その間皐月と一緒に過ごせると考えたからだ。皐月に良いところを見せたいという欲求があるのだろうが、皐月をフリーにするのは悪手だ。拓真は心の中で勝ち誇った。

 ふと、拓真は真砂昴が一言も喋っていないことに気づいた。拓真が昴へ目をやると、彼は一枚の写真をじっと見つめていた。


「真砂、何を見ているの?」

「何だそれは。喫茶店のレシートか?」


 昴が見ていたのは、須崎の所持品の中にあった《鈴鳴》のレシートの写真だった。

 昴は拓真と修平の言葉にも反応せず写真を見ていたが、不意に言葉を紡いだ。


「フィッシュサンドとハムチーズサンド……レシート見てるだけでお腹空いてきた。このお店行ってみようかな」


 部屋の中に何とも言えない空気が漂う。五人の少年は呆気にとられて昴を見つめた。皐月は一人だけ面白そうにくすくすと笑っている。


 昴は勢いよく拓真へ顔を向ける。拓真は思わず身を引いた。


「新堂はここ行ったんだよね? どんなお店だった?」

「ええと、良い雰囲気のお店だったよ。立地も良いし、内装も高級感を演出しつつ親しみやすい感じで気に入ったよ。あ、写真見るかい?」


 拓真はスマホで撮影した店内の写真を昴に見せた。


「おー、良いねえ。こういうお洒落なお店行ってみたいと思ってたんだよね。あ、そうだ。智美さんの奢りでスムージーも飲んだんだよね。味はどうだった?」

「ブルーベリーのスムージーだったよ。冷たくて甘さが効いていた」

「いいねえ。ますます行きたくなってきた」


 皐月は良いことを聞いたかのように目を大きく開いた。


「ほう、それなら明日一緒に行こうか。もう一度智美さんにじっくり話を訊きたいと考えていたところだ」

「本当? じゃ、お願いしようかな」


 皐月は微かに頬を赤くしていた。

 その反応に拓真は動揺した。

 一方、他の四人はやはりかと既に展開を予期していたような顔だ。こうなることがわかっていたからこそ、彼らは皐月から離れる選択ができたのだ。昴は五人にとって共通のライバルだが、同時に他の四人を出し抜かせない盾でもあった。

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