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夜明けまで  作者: 若葉
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その二


夜も更けた九時過ぎ、月夜の下、ふと気が付けば仕事帰りのスーツ姿のままで、いわゆる着の身着のままで、財布と携帯電話だけを携えて愛用のおんぼろのママチャリにまたがって訳もなく焦燥感に身を焦がされるように走り出していた。


あの時、私は何を考えていたのだろう?自身冷静な積もりでも、行動が普通ではない。酔いと日々のストレスで少しばかり錯乱していたのかも知れない。


どこでもいい。どこかに行きたい。今はこの部屋に居たくない。居てはいけない。どうにも動けなくなる前に、逃げなくては。

焦燥と寂しさと失意と。

自転車を漕いでも漕いでも眼前を覆い尽くそうとするあくまで静かな深い闇をかき分けるように夢中で走り続けた。


宛のない道中である。

取り合えず大きな道路に出て、無人の通りを北へ北へと訳もなく走り続けた。


やがて更に大きな幹線道路と合流し、物流を担う大型小型のトラックが流れるように疾走する脇を、ヒヤヒヤしながらおんぼろのママチャリで必死に走り続けた。


大きな道路沿いには何でもある。

牛丼屋から家電品店からコンビニからファミレスから。

賑やかなネオン。

しかし、今の虚ろな私にはどこの店も色褪せて見える。明かりが眩しくて元気そうにハツラツとしている内にもそれらが鬱陶しく感じられて、またどの店も中にいる客も店員もどこか味気無い侘しさを漂わせているように思われた。


ファミレスの窓の向こう、小さな子供連れの家族が温かいご飯を食べている。

私は顔を背けて、まるで彼等から慌てて逃げるようにひたすらにペダルを漕いだ。



果てなく後ろから追い抜いて行くトラックの騒音と威圧感も最初は悪くはなかった。むしろ旅に出てきた実感がハッキリと感ぜられる気がして、夜道を走っていた。

だがしかし、それにも疲れた。この大きな道路はどこまで続くのだろう?辟易として、ある十字路で人気のない道を見つけてそちらに曲がった。

静かな一本道に自転車を漕ぐ度にキィキィと鳴るチェーンの摩擦音が私の心臓の鼓動に共鳴するように繰り返される。

今度は民家もなければ店も何もない。高い夜空に吸い込まれそうな静寂のうちに、遠く果てなく田園が広がり周囲には虫の声ばかりが響く真っ直ぐな小道である。


本当に驚くほどに誰もいない。いや、いなさすぎる。まだ十一時にもならぬというのに、街灯も疎らな暗闇は漆黒の深くに鎮座する闇に支配され塗り潰されている。


その闇の中を仄かな月明かりだけが、かろうじて道筋をうっすらと照らし出している。

どこを走っているのか、どこに向かっているのか、皆目わからない。微かな月明かりだけが頼りの心許ない道のりが続く。


五分に一台位だろうか、背後から車が来る。

ゆっくりと走るエンジン音とハイビームのライトが小さな波のようにやってきて、私の横をそっと通り過ぎゆっくり遠ざかって行く。


なんとも言えない侘しさと道路の幅も掴めない心細さに少し不安になりながら、されど前に進むより他はなく、淡々と時に未舗装のぼこぼこした砂利道混じりになる一本道を進む。



やはりこの道は失敗だったらしい。

ふらふらと足元の見えない暗い道を走るうちに、なんたる失敗か、ズボリと側溝にタイヤを取られてしまったのだ。


うぁぁという我ながらみっともない叫び声が夜空に木霊してかなり派手に前のめりになり背中から転んでしまった。

ここまでか。

宙を舞いながら来る苦痛に備えて顔をしかめ目をキュッと閉じる。


あれ、痛くない…。


全く不幸中の幸いな事に転倒した先はネギかなにかの畑だった。耕された柔らかな土がクッションになって背中をすっぽり包んでくれたのだ。


ほっとした。そっと体を動かしてみる。首も腰も手も足も損傷は無いようだ。大事には至らなかったけれども、転倒のショックは存外大きくてしばらくそのまま横たわって起き上がる動きが取れなかった。


呻きながら大の字になって果てなく高い夜空を見上げる。心臓の鼓動が激しく脈を打っている。緊迫に火照った五体に冷たい土がひんやりとして心地好い。まだ息の荒い茫然自失たる私に、月が冷たくも優しい光を投げ掛けている。


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