相談屋の日常‐菫の花束をあなたに‐
相談屋としてのフロアに、りんは一人ソファに腰掛けていた。
適当な雑誌をぺらぺらとめくっていたが。目に留まるものがなく、切り上げたのはさっき。店の中をぐるぐる歩いていたのはその前。帰ってきて誰の気配もなかったのが三時間も前の話だ。
日は真上にとう昇り、中腹へと降りている。
もう一度、辺りを見渡す。だらしなくソファに踏ん反り返るように坐りながら、ぐるっ、と一周。ふと、気がつく。普段は外を向いている、通りに面する窓の際にいるロシアン人形がこちらを向いていた。ロシアン人形、正確にはロシア人の女の子のように可愛らしい人形。大きな瞳と艶のある髪。見るたびに魅了されてしまう。目に見えぬオーラを感じてしまう摩訶不思議。多くのアンティーク品に囲まれたこの空間でも、異質にそれは在る。
りんは、’元のし様になおそう’と立ち上がった。
すると奥から、ギイイ、とかすかに音が聞こえた。そして足音。近づく音の方に振り向くと、そこにはクリビアがいた。
「ただいま」
「おっ、おかえりなさい」
今まで異質な雰囲気を醸し出す空間に一人いた中での他者の介入は、肝試しでおばけと間違えて通行人や車の音に恐れをなすそれと似たものを与えた。つまり、かなり驚いた。
「ごめんね、連絡せずに家を空けてて」
「いえ。それはいいのですが、皆さんどちらに?」
「ああ。僕は買出し、ユキちゃんは駄菓子屋で入り浸り、あいつは二階で寝てるよ」
「え!カラサ君、いたんですか?」
だれもいないと思った。
「いるよ。寝てるから気配なかったのだろうね」
笑えない。
「……怖すぎる」
「ん?」
「いえ」
冷や汗が止まらない。だって、二階の静けさ半端なかったし、物音ひとつ、呼吸音ひとつも聞こえなかったのに!!
みっミステリー……
「りんちゃんは、ここで何をしていたんだい?」
「することなく、ぼお、としてました」
「何か面白いものでも?」
「どうしてそう思うんですか?」
「何か行動しようとしていたでしょ?」
「あ、……はい。ロシア人形が普段は外を見ているのに、中に向いていたので直そう、と思いまして」
「ああ、あの子はそのままでいいよ」
「なぜですか?」
「自由にさせているから」
人形なのに?どういうこと?
「人形ですよね」
「うん」
「その言い方ですと、生きているかのようですよ」
クリビアは少し黙り、そして静かに穏やかな声音で言った。
「僕は、ものには意味と動きが存在すると考える。意味というのは、その存在から始まり、そのものに関する全てのことの意味。そして、行動とは自然の、例えば風でもなんでも、とにかに何かしらの干渉を受けたり、自立的に動きをみせたりすること。これらは生物だろうと、そうでなかろうと関係なしに存在する。根拠はないけれど、そう考えてしまうんだ」
「なるほど」
難しい。
クリビアさんのものの考えを聞いたのは、これが初めてだ。なかなか面白い。そして――……
「りんちゃん、何笑ってるんだい?」
「クリビアさんってロマンチストだな、と思ったので。」
「そうかい」
「はい。それと、この店の内装はどうしてこんな風なのか疑問に思っていたのですが、少し納得しました」
「なんだっていうだい?」
「クリビアさんの趣味なんですね」
りんはそう満面の笑みを浮かべ、のたまった。
「んー、それは当たりでもあり、外れでもあるかな」
「どのへんが外れなんですか?」
「それは自分で考えみなさい」
クリビアは口角を上げつつこう言った。
「……意地悪です」
「それで結構、結構」
カランカラン
相談屋の扉が開く。
「相談屋さん、少しいいかしら?」
その言葉にクリビアは優しい笑みを浮かべる。
「ええ、もちろん。坐ってください」
「ありがとう」
女性はソファに腰を下ろす。その際ふわりと丈の長いワンピースの裾が舞う。異質なアンティークの部屋に、ひとつ、またひとつと花が咲く。どこからかオルゴールの音色が流れる。
「りんちゃん、菫の缶の紅茶をやさしい熱さでお願いできるかい?」
「っ!わかりました!」
ばたばたと遠ざかる足跡。それすらも美しい音色となって、あたりの空気を穏やかにする。
りんが持ってきた紅茶を、女性はその美しい指カップを持ち口に含ませる。
「美味しいですね」
「気に入っていただけたようで良かったです」
おだやかに微笑む女性に、クリビアも笑みを返す。りんはその様子をお盆を抱えながら、クリビアの後ろに立って眺めていた。
「さて、本日はいかがしましたか?」
「ええ、明日式を挙げるから、ぜひあなたにも来ていただきたいの」
「それはなんと!おめでとうございます!」
目を輝かせてりんは言った。
「ありがとう」
女性は幸せそうに返答した。
「……式に出席してほしいだけではないのでしょう?」
「そうなの、残念ながら」
「それはなんですか?」
女性は唇を何度か噛むようなしぐさをした後、静かに音にした。
「私、消えたくはないの」
「え?」
りんは困惑の表情を浮かべた。
どういうこと?どうして消えるとかいう話になるの?
クリビアは静かにこう言った。
「わかりました」
「っんちゃん」
ん?
「りんちゃん」
呼ばれてる。
誰?
頭が痛い。
背中が、腰が、足が、手が、体が、
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い―――――――――……
あ、菫の香り。
暗闇で手を伸ばす。ああ、菫の花がたくさん咲いている。
「りんちゃん」
あ、クリビアさんの声。
「りんちゃん、さあ起きて」
私、寝てたの?
真っ暗なのは目を閉じているから?
それならあけなきゃね。
「おかえりなさい、クリビアさん」
目を開けると目の前にクリビアさんが心配そうに覗き込んでいた。
「ただいま、こんなところで寝ていちゃだめだよ」
そう言われ、起き上がってみると店のソファに寝ていた。踏ん反り返るように坐っていたまま、横に倒れて寝ていたらしい。
「すみません、ここ最近暑いので疲れてしまったのかもしれません」
「それならリビングにおいで、夕ご飯まで少しあるから休むといい」
「ありがとうございます」
ソファから立ち上がり、何気なしに、ぐるっ、と一周辺りを見渡す。ふと、気がつく。普段は外を向いている、通りに面する窓の際にいるロシアン人形が、悲しげにこちらを向いていた。しかし、次の瞬間いつもの通りで、りんはそのままリビングへと向かった。
りんの見ていた方向を見ると、人形がこちらを悲しげにみていた。クリビアはそれを一瞥し、口で何かつぶやくと、りんの後を追った。
「」
日は沈み、闇夜を月が照らしている。




