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相談屋の日常‐闇夜で嗤う青年の話 その伍‐

 少年と青年の関係は、何も表面的なものではなかった。仕事となればそれなりに互いを頼りにしていたし、それ以外も色々あげられる。何を言いたいというと、その日常の中で少なからず青年は優しい眼もしていたということだ。そんな日常も、ある日入ったひとつの仕事によって崩れることになる。一方は泣き、一方は笑って泣いた。狂ったのは仕事のせいか、それとも元から狂っていたのか。そんなことは誰にも判らない。ただ言えるとすれば……


 思考の沼に陥っている最中というのは、ひどく無防備になるとはよく言ったものだ、とクリビアは自重した。彼が、ここに来てまだ一日くらいなのにここまで自分に影響を与えるのか。意外と自分の中で彼の存在というのは大きいのだと苦笑せざるおえない。昨晩、非情な態度で彼に接したことに対しては、微塵も罪悪感などありもしないのに。馬鹿げている。そうだ「馬鹿げている」という言葉は使ってはいけないのだった。そもそもこの進めているもの自体、「馬鹿げている」のだから。ハア。ため息ひとつ。こんなくだらない事に頭を使う時がくるとは、思いもよらなかった。これが幸せのためなのかどうかは知らない。幸せの定義なんて、僕にも“俺”にもわからない。わからないんだ。

「クリビアさん?」

 茶碗へと向けていた(らしい)視線を声のする方へと向けた。

「どうかしたかい?」

 当たり障りのない言葉を選んで発してみた。が、りんちゃんの表情的にどうやら失敗したらしい。

「箸も止まって長い間俯いていらっしゃったので……」

「そ、っか」

「そうだよー!!!クリビア完全にトリップしちゃってるんだもん!!つまなかった―――!!!!にゃ――――――!!!!!!」

「ごめんね」

「それにそれに!!殺人鬼野郎の相手、クリビア以外に誰がやるって言うのさ!!!めんどかった~」

「……俺は別に頼んでねえんだけど」

「かまちょ―――!という顔してるやつ放っておけるか―――――!!!!」

「してねえよ」

「カラサ君、確かにしてましたよ」

「ほらほら~」

「……マジかよ」

 わいわい、がやがや。そんな形容が当てはまるような賑やかさ。クリビアはあっけにとられた。

「いつの間にか仲良くなってるね…」

 賑やかだった空気が、ピタッと綺麗に黙った。

「仲良くなんてない!!!!!!!」

 そして、シャウト。三名を除いて。

「ユキちゃん、カラサ君仲良くなかったんですか?」

「りっりんちゃんもそんなこというの……ってことはまじめにそう見えたのか」

「ユキちゃん、それは僕に対する扱い酷くないかい……」

「にゃはははは、ごめんごめん。だってクリビアたまに冗談でとか言うからさ」

「冗談じゃあないよ」

「え」

 クリビアの完璧たる笑みにユキ撃沈。

「え――え――なんで……」

「……」

 不貞腐れ俯き気味のユキの視界に入ったのは、表情の変わらないカラサだった。

「ってか、お前はなに黙ってんだよー」

 不満を抑えることなく、ユキは言った。

「どうでもいい」

 カラサはそれに動じず淡々と答えた。それに対し、ユキは眉間にしわを寄せる。

「出ました、そういうの!!」

「……」

「だからお前は嫌いなんだよ」

「……」

「女々しくうじうじ悩んでいるのに、俺関係ないしみたいなさ。ウザイんだよ」

「……」

「何?何?否定できないって??ご主人様に縋りつくしか能がない似非野郎はホント柔だな!!!!」

「ご主人様?似非?」

「にゃはははははははははは、そうだよりんちゃん。こいつはっ」

「黙れ」

「ハア?」

 そして、静寂。ユキとカラサのを中心に重々しく淀んだ空気が流れる。りんは困惑してしまい、どうすることもできずにただただ二人を眺めるしかなかった。

 パンッ。そんな中、拍手を打つ音が響いた。それにより今まで漂っていた淀んだものが、あっという間に消え去った。

「二人ともやめなさい」

「なんでっ………え」

 ユキはクリビアに反論しようとして、振り向くと同時に固まった。

「ユキちゃん、君は色々わかっている立ち位置なのだから、仲良くしてやってくれ。気に食わないことも多いいだろうが」

 クリビアの前髪から垣間見えた瞳が、悲痛の色で染まっていた。

「クリビア?」

 ユキは心配そうにクリビアを見た。

「なんだい」

 クリビアは笑みを浮かべる。もう瞳は見えない。

「……クリビアがそういうのなら、わかったよ。このでっかい子供(ガキ)の世話は任せて!」

「ありがとう」

 クリビアは綺麗に微笑む。

 ようやく穏やかな空気に包まれた。

「ちょっと待て。俺、子供(ガキ)じゃあないんだけど」

「…どんまいです、カラサ君」

「気にしたら負けだよ、カラサ君」

「お前まで君呼びすんなキモイ」

「~っんだと―――――――!!!!!」

 カラサに殴りかかろうとするユキ。

「ちょっとユキちゃん!」

「ユキちゃん?」

 慌てるりん、微笑むクリビア。

「…ごめんなさい」

「なかなか無理だろうけど、少しずつでいいからお願いね」

「…うん」

「ありがとう」

 最後に感謝の言葉を口にしたクリビアの瞳は、確かに死んでいた。それを傍から見ていたりんは、何も言えなくなってしまった。そんなりんをカラサは面白そうに見ていた。


「お前も仲良くするんだよ」

 ご飯も終わり暇になったため、布団に寝っころがりぼーとしていたカラサに、クリビアは言った。天井に付いている無数の傷跡を視界入れながら、カラサは適当に相槌を打った。

「ちゃんと聞いてるか」

 声を先ほどより低くして、カラサに問うた。

「聞いてる」

「ならいい」

 声を戻してクリビアは笑みを浮かべた。そんなクリビアを一瞥した後、カラサは再び天井を見ながらぼやくように疑問を口にした。

「あの暗殺一家のガキにどうして『君は色々わかっている立ち位置なのだから』などと言ったんだ?」

「あーそれね」

 声がまた少し低くなった。

「色々わかっているのは確かだからさ、お前については」

「……」

「僕について俺については、全然知らないけど、ね」

 彼は愉快気に口角をあげて言い切った。

「…変わっているけど、変わっていないんだな」

「お前もそう言うんだ」

「……」

「ユキちゃんも言ってたんだよ」

「……」

「ユキちゃんにもいったけど、一つ一つの言動の根源は変わったよ。が、表面は変わってない。それだけさ」

「表面も変わってはいる」

「……どこが?」

 面白げにカラサに問う。それに搾り出すように、静かに答えた。

「優しい眼をすることが増えてる」

「っ?!」

 表情は一変し、バッと勢いよくカラサの方に近づいた。そんな行動をカラサは予想していたかのように、ゆったりとした動作で彼の方へ体を向け、薄く笑った。

「自分がたまに俺相手でもそういった眼していること、気づいてなかったんだ」

「……」

 彼は何も答えない。

「ふーん」

 沈黙

 数十分経っただろうか。それとも数秒だっただろうか。暫くしてから、カラサが口を切った。

「だから、俺は!!あんたの事が、あんたとの関係が切れないんだよ!!!無意識下というものに変に意味づけて、縋りたくなる……」

「……」

 やはり何も答えない。カラサは対面している彼に向けて手を伸ばし、その前髪にそっと触れ、それを掻き分け、表情を露にさせた。

 そして、絶句。

「っ……………」

 

 しとしとと雨の季節は近づいてきている。それは物語の始まりであり、物語の終わりでもある。すべての準備はもうすでに整っている。あと開始の鐘を待つばかり。その始まりと終わりによって、いったい誰が泣き、誰が喜ぶか。それはこの事象を操る者でさへわからない。否、その者はわかろうともしていない。全てはシナリオの通りなのだから。

 そう、例え"何かしらの予想外”が起きても、それすらもこのシナリオの中では許容範囲なのである。


 カラサは怯えた表情で彼を見た。そこには昔の、会ったばかりの頃の青年の眼に瓜二つの、温度の感じられない死んだようでいて鋭い瞳が在るだけだった。そんな眼をカラサに向ける彼は、ひどく滑稽な様子の、少年だった青年をみて嘲笑った。



「ああ、嫌な音が今日も響くのか」

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