相談屋の日常‐闇夜で嗤う青年の話 その肆‐
チカラに呑まれ染まって行く少年を、冷タイ青年は興味なさげにみていた。ああ、こんな簡単に染まるのか。滑稽だな。そんなことを思いながらみていた。少年にとって青年は絶対的存在だった。いつも後ろを付き纏い、青年の言うことは絶対だと、青年が仕事で出かけても絶対戻ってくると根拠もなしに信じ切っていた。とはいえ、そんな少年の心境を知ってか否か青年は少年の元にしっかり戻っていたのだった。
そんな長くて短い時間は、今も少年を支える柱となっている……
「……物語はまもなく本格的に動き出す。君は君の思う通り動けばいい」
いつも儚く散り逝くは現、いつも頑固たる様で存在するは夢。今何処に在ようと在まいとも、在るのは変わらぬ己の心のみ。思いは重なり溢れ出ても、掬う人がいなければ誰かに踏まれるだけ。交わりは時に尊く、時に惨く、滑稽であるとアル者は言う。分かっていても知らぬふり、分からないのは只の馬鹿。後者か否か、君はどっちだい?
静かに無情にも扉は閉まって、青年になった少年はまた一人残された。思い出したかのように痛みだすカラダを腕で抱え込んで蹲る。俯き項垂れる殺人鬼に声を掛けるものなんてイナイ。
「おはようございます」
「ん、おはよう」
早起きをして朝食の支度を行っていたりんの元にクリビアは降りてきた。
「今日のご飯は……いつもにも増して和食を窮めているね」
「あはははは、はい!カラサ君がどんなのを食べるのか分からなかったので、とりあえず和食にしました」
「……そう」
「あの」
「なんだい」
「カラサ君、和食嫌いなんですか?」
「さあ、どうだろうね」
「そう、で…すか」
―――沈黙
「あの」
「ん?」
「クリビアさんはカラサ君のこと嫌いなんですか?」
空気がとまった。りんは昨日から思っていた疑問を口に出した。その途端空気が変わった。ユキちゃんのアレの時よりもっと酷く怖い。自分自身どうしてそう感じるのか分からないが、りんはそう思わずにはいられなかった。
「……嫌いではないよ」
「え」
「僕にも色々あるんだけどさ、苦い思い出とか。簡易な言葉では到底表現できないけれど、彼には助けられたことも少なからずあるから嫌いにはなれないよ」
先ほどまでの空気が嘘だったかのように霧散した。
ホッ。りんは思わず息をついた。
「フッ、何?りんちゃんは僕が彼のこと嫌いだと思ってたの?」
「あははは、すみません」
「いやいいよ。気にすることではない」
慌てるりんに対して、クリビアは静かに微笑んだ。
「なになになに~!!!なに二人して笑ってんの???」
「あ、ユキちゃん。おはよう」
「りんちゃんおはよう!!クリビアもおはよう」
「おはよう」
「ユキちゃん、今日はお寝坊さん?」
「にゃはははは、そんな時もあるよう」
「……」
「んで、今日は何~?」
「えっとね……」
りんはユキと一通りわいわい賑やかに話すと、朝食の準備へと戻った。一方ユキはソファに座るクリビアの方に向かった。
「クリビア」
「何だい?」
「さっきの本当?」
「さっきのって?」
「あの殺人鬼野郎のこと嫌いじゃないって」
「ああ……本当だよ」
「わーびっくり」
「そんなに驚くかい?」
「……本当の所は?」
「本当の所?」
「うん」
「……フッ、そうだねぇ」
「……」
「嫌いとかの前に興味無いね」
「……」
「まあ、君達が気にすることではない。気にするだけ無駄さ。どんなに気に病んでも変わらないものは変わらないし、“世界”が変わることも無いのだから」
「クリビア」
「何だい?」
「クリビアは変わったの?変わって無いの?あたしよく分からないや」
「……どうなんだろうね。少なからず言動の根源たるものは、変わってるのかもしれないね」
「クリビア」
「何だい?」
「りんちゃんを悲しませちゃ駄目だからね」
真剣な顔をして言い放った。それにクリビアは目を見開く。ユキはそれだけいうともう終いとばかりにりんの元へと向かった。
「………それは約束できないかもしれない」
彼女の中の僕の立ち位置によるけれど。そんなクリビアの呟きは誰にも届かず消えていった。
「何かを信じることができない。どうしたら信じることが出来るようになる?」
少年は悲しそうに言った。
「それなら、信じたくないものを信じなさい。そしたら例え裏切られても辛くない」
青年は淡々と言った。
「……わかった」
少年は答えた。
少年の世界は変ワった。とても無情で悲しく楽しくもない世界にナった。その事が悲しいとも思わなかったし、嬉しいとも思わなかった。そんな中楽しみを見出したのは、アカを咲かせることだった。いかに派手にそれを咲かせるか追究し、自身をアカく染め上げた。その行為をするたびに腰が震え、背中に電撃が走り、ひどく興奮した。手のうちで規則正しく動くソレや動かぬ人形へと成れ果てる直前の歌声は、それをいっそう確かなものへとした。始まりはわからない。けれど、終わりは近づいているように感じる。絶対的存在の消失の報が齎したのは、何も悲しみだけではなかったのだから。
なんの変哲のない天井を仰ぎ見る。そこには微かに何かで切られたような傷が幾つもある。それがどういう経緯で付けられたかは知らないが、予想はついた。昔の彼を思い出せば容易に想像がつく。けれど、それと同時に驚いた。クリビアとなっている今でもそれをしたのかと。一番荒れると思われた時期に荒れずに行方をくらました彼。今何を思っているのかわからない。しかし案外、こちらの予想をはるかに上回る程単純なものかもしれない。そう思うと寂しさがまた込み上げてくる。そして、あの人間がまた狂うのを楽しみにしている自分もいて、笑えて来るのだった。
「おーい!!!!殺人鬼の野郎!!!!!ご飯だぞー」
「あ゛?」
思考に浸ってると部屋の扉を盛大に開け放し、小さな女の子が入ってきた。
「そんな、すっ凄んでも怖くないんだからね!!!!」
「……それ、否定してんのか肯定してんのかわからねえよ」
「皇帝……間違えた肯定の訳ないじゃん!!!英才教育よろしくの殺し屋家族の娘のあたしが、その辺のヤンキーみたいな凄みにビビるとは!!…………君、頭大丈夫?」
「いちいちうぜぇ奴だな」
「はっ」
「チッ」
「まあまあ、そんなことはともかく早くご飯こいや!!りんちゃんもクリビアも待っているんだから」
「……」
「……クリビアは余計だったのかな?」
「別に」
「……余計なおせっかいだと思うけど」
「あ゛?」
「クリビアはたぶん……お前のこと大切に思っていると思うよ。やっぱりクリビア変わったもの。いい意味で」
「……」
「“クリビア”あたし好きだよ」
「……」
「けど、クリビアは嫌いだ」
「……飯、行くんじゃねえの」
そういうとカラサはベットから立ち上がった。
「あっそうそうご・は・ん!!行こう行こう!!!」
ユキは先ほどの神妙な顔つきから一変しニヤニヤ顔を浮かべ、カラサの背を押し出した。
「押すんじゃねえよ」
「にゃははははは」
カラサが自分で歩きだしたのを確認すると、ユキはさっきまで彼がいた部屋を一瞥し再び歩き出した。
「あたし、心中って嫌いなんだよね」




