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相談屋の日常‐家業に勤しむ家出少女ユキの話 その肆‐

あからさまなグロ表現あり

 「今日はお仕事があるから外に出るね。帰りは夕ご飯ごろかな」とユキから聞いていたので、りんは晩御飯を作りながらちらちらと扉の方に目をやっていた。その姿を見てクリビアは苦笑しながら言った。

「何、そわそわしてるんだい?調理中なのだからもう少し落ち着きなさい」

「…はい。そうですね……すみません、でも」

「?」

 言い淀むりんにクリビアは首をかしげた。

「…ユキちゃん、怪我して帰ってこないかなあって心配で」

 そうりんは眉尻を下げ言った。

「なるほどね、大丈夫だよ。ユキちゃんは優秀だから」

「でも!」

「信じて待ってなさい」

「…はい」

「それに」

「はい?」

「帰ってきたみたいだよ」

「!」

 奥の店の方から鈴の音が聞こえた。それから足音。なんだかんだ言ってクリビアも心配していたのだけれど、それは杞憂で終わり安堵の息をついた。しかし、その徐々に近づく足音と伴に漂ってくる匂いには眉をひそめた。そして、その姿をりんより早く捉えるや否やすぐさまりんの目を塞いだ。

「クリビアさん?」

 りんから発せられた声には困惑の色が拭えない。尋ねても返答がないため再び声をかけようとしたが、それはクリビアの言葉によって遮られた。

「おかえりなさい。ユキちゃん、つまみ食いは良くないよ」

「ただイマ。ダッテお腹すイちゃッテ…」

 ユキの言葉にクリビアはハァっとため息をついた。

「りんちゃん、ちょっと自分で目、塞いでてくれるかい?」

「?…わかりました」

 そう言ってりんが目をつむったのを確認すると、クリビアはユキに近づき無言でその腕を勢いよく掴んで台所とは別にある流しに連れて行った。強引なクリビアのその行為に対し、道中ユキは何も言わなかった。それからその流しにつくと、クリビアはユキの鳩尾を殴った。鍛えているとはいえクリビアのそれにはかなわなかったのか、ユキはむせた。それと伴い内から吐き気が生じてきた。そして、そののままの勢いで流しに吐きだした。クリビアはユキの両腕を後ろで掴み、彼女を流しに固定した。ユキが全て吐き終えたのを確認するとすぐにそれを解いた。荒くなった息を整えるユキを視界で収めつつ、ユキが手に持っていた塊を袋に入れ、床の散らばったアカを拭いた。

「クリビア、ごめん」

 掠れた声でユキはそう言った。そんなユキに水を入れたコップを渡しながら、クリビアはこう返した。

「気にしなくていいよ。けど“今”はちゃんとご飯がある所に帰れるんだというのを、もっと認識しなくてはね」

「うん」

「りんちゃんも僕もお腹すかせて君を待っているんだ。美味しいご飯とともにね。つまみ食いなんてしてはいけないよ」

「うん!」

 クリビアの言葉にユキは心からの笑顔で答えた。

「それじゃあお風呂入ってきなさい。後処理はやっておくから」

「ありがとう」

 クリビアはそういうとりんの待つ居間に向かった。


 見ることはできないけれど、聞こえてくるもの、匂っているものからだいたいの推測はついた。その考えが本当かもしれないと思うと途端に足ががくがくしてくる。立っているのも怪しい。しかしここで腰でも抜けてしまって動けなくなってしまったら、今後ユキちゃんやクリビアさんと今まで通り接していけなくなるのも容易に想像つく。だからしっかりしなちゃ。私はもう“普通”の人とは生きる世界が違う。闇に堕ちかけた私が助けを求めたのは天使なんかじゃなかったかもしれない。下手したら悪魔だったかもしれない。けれど、私は選択した。ここに存在を置くと。晴らせていない恩もあるのだ、そう簡単に逃げることも許されない。そう考えていくと不思議な事に笑っていた膝は収まり、しっかり立つことができていた。

 ユキちゃんをクリビアさんが奥に連れて行ってから暫く経った。こちらに近づいてくる足音が聞こえた。それは私の前を幾度か行き来した後、私の前へ止まり声を掛けてきた。

「りんちゃん、ずっと目を瞑っていてくれたんだ」

 クリビアさんだ。

「だって、クリビアさんは私のことを思って言ってくれたんだと思いましたから」

「ありがとう」

 クリビアさんは優しい声色で言って微笑んだ。それに私も微笑み返す。

「僕、まだやることがあるから、ユキちゃんが戻ってきたら先にご飯食べててくれるかい?」

「わかりました」

 クリビアさんはそれだけ言ってまた奥へと歩いて行った。その背中を見ていたらなんだか胸がきゅうっと締めつけられた。


「りんちゃん、クリビアおまたせ~」

 ドタドタと賑やかな足音を出しながらユキはやってきた。ここに着くや右手を高く上げ決めポーズをして明るく言い放ったのだった。しかし、周り見渡すとクリビアの姿が見受けできず不思議そうな顔を作った。

「あれ?クリビアは?」

 そんなユキにりんは優しく答えた。

「まだ用事があるみたいで……先食べててだって」

「そっか」

 りんの言葉を聞いてユキは眉を顰めた。

「どうかしたの?」

「うんう。ただね、クリビア大丈夫かなあって思って」

「?」

 そういったユキの顔は悲しげで、自身のわがままに寄る行動を悔いているようで、憤りを感じているようで―――ただ見ていることしかできないりんにとっては、耐え難かった。


 肉片や血痕を処理し終えたクリビアは自室にいた。ベットの上に仰向きに寝転がり右腕で目元を隠していた。アカをみて思い出すのは最後に自分が作ったアカ。純白のワンピースを染め上げるアカ。染めるつもりは毛頭なかったのにこのときばかりは手元が狂い、アカを沸かせてしまった。あれから数年経ったというのに、今もなお鮮明に覚えているのはアカにしてしまう前がとても自分にとって…

「おっと、いけない。そろそろ約束の時間だ」

 沈みかけた思考を現実に引き上げ、ベットから起きあがった。時計は約束の五分前。ずいぶんギリギリだ。慌ててだらっとしている通常の服装を正し、一階に降りた。

 向かうは居間とは反対の、店とは正反対の場所に位置する奥の部屋。そこの扉をあけると、約束の人物はすでに椅子に腰かけていた。

「時間ぎりぎりですみません。お久しぶりです」

 どっしりと椅子に腰かける男に向かってクリビアはこう言った。男は黒のロングコート、黒のズボン、黒の編上げブール、そしておまけに口元も黒い布で覆っているという全身黒ずくめ。その黒に腰まで伸びた白い髪を垂らしている。顔立ちは整っており、そのくせ目つきは鋭いので威圧感は半端ではない。

「ああ。お前は相変わらず女々しい奴のようだな」

 彼から発せられた声はその見た目通りの低音ボイス。

「ははは、二の句が継げませんね。ここに来る前までも思い出していましたよ」

 そう苦笑交じりにクリビアは言った。それに男は眉を顰めた。

「そんなに忘れられないのなら、『クリビア』などと名乗るのを止めたらどうだ」

「それはできませんよ」

「…」

「…忘れたくはありませんから」

「…そうか」

「はい」

 暫しの沈黙。

「ユキを頼むぞ」

「えっあっはい」

「…疾しいことを考えてたのか?」

「いえ」

「フン、では…また連絡する」

「はい、また」

 男は店とは別の扉から帰って行った。それをクリビアは黙って見送った。心中で「この親ばか」と悪態を吐きながら。


 ユキとりんは二人でご飯を食べていた。二人ともゆっくり食べる性格なのでまだ終わっていないようだ。そこにクリビアが戻ってきた。

「あれ?まだ二人食べてたのかい?」

 それなりに時間が経っているはずなのに、未だ食べている二人に呆れながら言った。

「おつかれさま~!そうだよぉニャハハハ」

「あっ、今よそいますね」

「いいよ自分でやる」

 クリビアはごはんと味噌汁をよそうと席についた。

「いただきます」

 手をあわせそう言ってから箸を持ち、食べ始める。その様子を二人はじっと見ていた。互いに詳細は知り得ないがなんとなく心配していた。りんはユキの発言から、ユキは勘から推測した事柄から。そんな二人の視線に気づかないクリビアではもちろんない。

「どうかした?」

 そう言われ少々困ってしまう二人。それを見てクリビアは一言言った。

「ありがとう」

 微笑みながら言ったそれは二人の心にすとんと落ちた。そんな二人は、そのクリビアの前髪から垣間見えた瞳に悲しみの色が浮かんでいたのに気づくことはなかった。


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