相談屋の日常‐家業に勤しむ家出少女ユキの話 その参‐
そこに広がるのは静寂。数分前まで“日常”が在ったそこにはすでにその痕跡はなく、只“無音”だけが占めていた。
否、“音”はある。先ほどからぴちゃぴちゃと水分を含むものを踏む音は、それが滴る音は。静寂に包まれたこの家に足を踏み入れ奥へ進む。そうして辿り着いた先には、一面のアカが部屋を染め上げていた。床に散らばるのは原形をほとんど留めていないアカい塊。恐怖で足がすくんだ。早く来た道を引き返さないとと思うけれど、それに反して足は硬直して動かない。冷や汗がとまらない。どうしたらいいんだ。
混乱した頭で再び「ぴちゃん」という音を認識した時には、体は重力に従って倒れていた。
「これで終わり」
そう少女は呟き辺りを見回した。
視界に映るのは、赤、朱、紅、アカ。この光景は幼いころから見慣れたものだ。だから特別感情を抱くことはない。恐怖も、ましては喜びも。こんな自分は世間様から見たら異常なのかもしれない。けれど“自分の世界”はこれが正しい、正常だ。最近会った彼女がいる世界はこんなところではないだろうが。それはそれ、これはこれ。こう違いをこの行為を通して感じると同時に、彼女にはアカが普通に存在する世界にこれ以上踏み入れてほしくないとも思う。詳しいことは知らないから分からないが、それが無理なのは勘付いている。自分の勘は職業柄か割と当たる。そもそもクリビアが“裏”で再び動いている時点でそれは根拠付けられてしまっているのもまた事実だ。彼はもう二度と動くことはないと思っていたから。お父様も驚いていたように思う。お父様の顔がクリビア関連で崩れたのは、あの時以来だろう。これも詳細は知らないから分からないけれど。
「そろそろ戻るか」
そう言うと少女は、近くにあったアカい塊を掴み口付けながら帰路についた。
その家に残されたのは、辺りを染めるアカと鉄生臭い匂いだけ。これで昨日までの“日常”はまた一つ、世界から姿を消した。




