相談屋の日常‐家業に勤しむ家出少女ユキの話 その弐‐
クリビアのお店は俗に云う年季の入った木造の一軒家である。一軒家といってもよく住宅街にあるようなものではなく、長屋のような構造をしている。商店街に面する側に店の部分があり、それの奥に居住スペースがある。店は一階しかないが、居住スペースには二階もある。店を正面から見てみると、右に金属製の開き扉、左に店の中が見える窓がひとつある。その窓というのはよく雑貨屋さんなどに見る大きなもの、ショーウィンドではなく、普通の家にあるような小さなものである。それだけでは味気ないため室内の窓の前には窓の下の縁より背の低い棚が置かれ、その上に可愛らしいロシアン人形と小さなドールハウスが乗っている。それらの周りには造花が散りばめられている。果たして相談屋にこのような可愛らしさは必要なのか、少々疑問である。内装を見ていこう。入口はいって右手に肩ほどの高さの両開き棚があり、開き扉は左右でそれぞれ一つの計二つではあるが、中は下から大中小の三段に区切られている。そこにはクリビアの趣味だかは定かではないが、人形や小瓶に入った香水のようなものなど様々な雑貨たちが透明なケース、或いは編み籠などに入れられ飾られている。その棚上の壁には、幾らかの風景画が飾られている。夕焼け、山道、桜の丘、月夜、湖など。対し左手には、二人掛けのソファが置かれ、その壁には棚が付けられている。こちらの棚には小さな雑貨に加え、観葉植物も置かれている。ソファの脇、窓側には大きめな観葉植物があり、反対側には雑誌や本などがある棚が置かれている。ソファに座りそれらを読むことができるという寸法だ。その棚と同じ高さのテーブルが商店街の道に平行になるような向きに置かれている。その大きさは一人掛けの椅子が三脚置けるほど。このテーブルは、クリビアが相談を受けるときによく使われる。このテーブルの反対側にも椅子が置かれ、その向こうに居住スペースへと続く廊下がある。ちなみに、入り口側のお客様用の椅子は背もたれがあり、居住スペース側の椅子には背もたれは無い。その廊下への入り口の右には壁沿いに、くの字の大きな本棚がある。和洋様々な本があることを背表紙から見てとれる。反対の左側には木製の引き棚がある。これは先ほど説明した雑誌などがある棚の背をサイドにつける形で置かれている。高さはこちらの方が少々高い。この引き出しの中には、これまで受けた“相談”の詳細を記した書類などが入れられている。
窓からは日入りが近づいたことを知らせる赤い光が差し込み、部屋をそして人を赤く染めている。そんな中、りんは慣れ親しんだこの店の中で呆然と立ちすくんでいた。今、背もたれのある椅子の脇に立ちこちらを見ている少女は誰なんだろう。名はユキということは分かった。しかし何故私のことを知っているのだろうか。初めて会う人に名が知れていたことで、少々困惑気味のりんの心中を察してか、ユキはこう補足した。
「貴女のことは、クリビアから聞きました」
「クリビアさんが?」
「はい」
「あれ?もうユキちゃん来てたのかい?」
りんとユキが話しているところに、クリビアがやってきた。
「クリビアさん、この子…」
「クリビア~!なんでりんさんにあたしが来ること伝えてないのお?」
「ユキちゃんが来るのが早いから、間に合わなかった」
「え~」
ユキはクリビアに対し不機嫌そうに片方だけ頬膨らませたこう言った。
「あの…どういう…」
「りんちゃんごめんね。彼女、ユキちゃんからお昼に連絡があったんだよ。これからお世話になるという」
「!」
「ユキちゃん今、訳あって家に帰れないんだ。だから、暫くの間ここで暮らすことになったんだよ」
「そうだったんですか」
「うん、ごめんね。りんちゃんにも許可を取るべきだったのに、こちらだけで決めちゃって」
「いえ、私もお世話になっている身ですから!」
「よかった」
そういうと、クリビアはホッとしたかのように微笑んだ。相変わらず前髪に隠れて正確な表情は分からなかったが。それを見ていたユキは心底嬉しそうな声音でこう言った。
「こんなとこで話してないで奥行こうよ!りんさんだって荷物重いでしょうし!」
「そうだね」
「そうですね」
「うん!」
ユキの提案に同調し、三人は居住スペースの方へ移動した。
「では、改めて自己紹介いたしまーす!」
廊下を抜け、一同は居間食事室台所がある広い部屋に来ていた。居間部分には、対面的に二つソファがテーブルを挟んで置かれている。そのソファにりんとユキは対面して腰かけていた。
「ユキちゃんはハイテイションだね」
そういいながら、クリビアがお茶をお盆に三つ載せてやってきた。そして、ユキの隣りに腰かけた。
「あたしはーいつもぉーハイテイション!!ニャハハ!」
ユキは楽しそうにニコニコしながら高らかに言った。
「えっと…」
「ユキちゃん、りんちゃん困ってるから話進めなさい」
「はーい」
少ししょんぼりしながらユキは返答した。これにりんは思わずクスと笑ってしまう。
「りんさん、笑うと可愛いですね」
「え?」
「いいえ、何でも」
「?」
「じゃあ、自己紹介!あたしはユキ。十二歳。年齢的には義務教育中の年齢だけど、家庭教師により小さいころから英才教育を受けているので、学校には行ってません。学校に行っていないことにより、空いた時間は家業を手伝っています」
「家業?」
「はい、家業です」
「…何?」
「……クリビア、りんさんに言っても大丈夫?」
「?」
「…かまわないよ」
「わかった」
「?」
「家業はね、“殺し屋”」
「え………?」
どういうこと?そこまで口にできるほど、りんは冷静になれなかった。否冷静ではあったが、あまりにもそれが非現実的過ぎて二の句が継げなかった。眉間にしわを寄せ、困惑した表情でユキを見る。彼女の表情は先ほどまでの笑顔はなりを潜め、真顔であった。
「“殺し屋”。金を積まれ頼まれたら、人を殺す職業。俗にいう“裏”の仕事」
「“裏”?」
「そう。りんさんは一度会ったことがあるんじゃないでしょうか、“裏”の人間に」
「え?」
「…クリビアの近況を調べたら、出てきました。貴女がクリビアを媒介に“裏”に関わったことが」
「………どういう…」
「りんちゃん」
「っ!はい」
「僕が呼んだ君のお父さんを連れて行った彼らが、そうだよ」
「え」
「……僕とユキちゃんが親しい関係であることはりんちゃんもみてわかると思う」
「はい………あ」
「…」
「え…あの……」
「クリビアはね、もう“裏”から離れているよ」
「!」
「ある日を境にいきなり消えちゃってね。そして探してみれば“相談屋”なんかやってるし」
「『なんか』いうな」
「ごめんごめん。こうやってあたしみたいに親しい者はたまにおしゃべりするけど、それ以外はほとんど縁を断ってるんだ。そもそも“裏”云っても色々あるし」
「そうなんだ…」
「あたしもね、仕事だからって言われてやってるだけで、快楽殺人鬼なんかじゃないの。あっ敬語いつの間にか外れちゃった」
「クス…敬語なしでいいよ。私もタメで話してるし」
「ありがとう。ユキちゃんってよんで!りんちゃんって呼んでもいい?」
「うんわかった、いいよ」
「ふふふー」
「りんちゃん」
「あっはい」
「これからまたユキちゃんみたいに“裏”の人間が来るかもしれないけど、その時はよろしくね」
「はい」
「あまり関わらせなくないのだけど、それも限度があるから」
「…わかりました」
「ありがとう」
「あたしは全然大丈夫だからねー!関わってー」
「うん!」
りんは明るいユキと楽しそうに話をしていた。それは晩ご飯の時もその後も。そんな二人をクリビアはどこか悲しそうに見つめるのだった。




