表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革王都裁判編〜』  作者: くろめがね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/50

第48話 問いは止まらない

48話です。

鐘が鳴った。


朝を告げる鐘。


いつもと同じ時刻。


いつもと同じ音色。


王都は目を覚まし、商人は店を開き、配給所には列ができ、教会の扉もゆっくりと開かれる。


昨日と同じ朝。


誰もがそう思った。


だが、それは間違いだった。


王都は、一夜にして変わっていた。



市場の入口。


果物屋の黒板に、小さな字が書かれている。


「今日のおすすめ」


その下に、誰かが細い文字を足した。


なぜ、おすすめなの?


店主が慌てて消す。


客が笑う。


「子どものいたずらだろ」


そう言って終わるはずだった。


しかし十分後。


今度は魚屋の値札。


なぜ、この値段?


肉屋の看板。


なぜ、この重さ?


パン屋の壁。


なぜ、この順番?


誰が書いたのか。


誰も見ていない。


だが、王都のあちこちで、同じような問いが現れ始めた。



学校では、副監督官が黒板の前で立ち尽くしていた。


黒板いっぱいに書かれていたのは授業ではない。


たった一つ。


「どうして?」


誰か一人の字ではない。


太い字。


細い字。


震えた字。


大きな字。


小さな字。


何十人もの「どうして」が、黒板を埋め尽くしていた。


副監督官はチョークを握る。


消そうとする。


だが、手が止まる。


消した瞬間、


「どうして消すんですか」


後ろから声がした。


振り向く。


一人。


また一人。


また一人。


誰も席に座っていない。


子どもたちは全員、立っていた。


「座りなさい」


命令。


しかし返ってきたのは反抗ではない。


「理由を教えてください」


静かな声。


その一言だけだった。



役所では朝一番から机が鳴っていた。


「市場です!」


「学校でも!」


「井戸にも!」


報告が飛び交う。


書記が息を切らせながら駆け込んでくる。


「質問です!」


上役が立ち上がる。


「何件だ!」


「数えきれません!」


部屋が静まり返る。


数えきれない。


その言葉が、役所でどれほど恐ろしい意味を持つか。


誰よりも彼ら自身が知っていた。


「誰が先導している!」


「分かりません!」


「首謀者は!」


「確認できません!」


「先生か!」


書記は首を振った。


「違います!」


「先生は昨日から一歩も家を出ていません!」


空気が凍る。


ならば、誰だ。



私は窓から王都を眺めていた。


広場では子どもが親に聞いている。


「どうして列ぶの?」


母親は答える。


「順番だから」


「どうして順番なの?」


父親は荷車を押しながら立ち止まる。


魚屋では客が笑いながら聞く。


「どうして今日は安いんだ?」


商人も笑って返す。


「昨日売れなかったからだ」


「なるほど」


小さな会話。


たったそれだけ。


それだけなのに、


王都中で同じことが起きていた。


問いが問いを呼ぶ。


答えが新しい問いを生む。


私は思わず、小さく笑った。


「始まったか……」


誰に聞かせるでもない独り言だった。



礼拝堂では司祭が一人、椅子に腰掛けていた。


昨日、自分は言ってしまった。


「守れなかった」と。


あの一言は、本来なら絶対に口にしてはいけない言葉だった。


だが、嘘はつけなかった。


そして今、その一言が王都を巡っている。


守れなかった。


ならば、どうすれば守れるのか。


人々はその続きを考え始めてしまった。


司祭は祭壇の十字を見上げ、ゆっくりと目を閉じる。


「教育とは……」


答えは出ない。


だが初めて、自分自身も問いの中に立っていることを理解した。



夕暮れ。


市場の中央広場。


一人の少年が地面にしゃがみ込む。


石を拾う。


石畳に、ゆっくりと文字を書く。


どうして?


通り過ぎた少女が、その横に書き足す。


本当に?


さらに別の少年。


他には?


誰も命令していない。


誰も教えていない。


それでも文字は増えていく。


広場の石畳は、まるで巨大な黒板になっていった。



役所の塔から、それを見下ろしていた上役が震える声で呟く。


「……黒板だ」


書記が聞き返す。


「え?」


上役は青ざめた顔で広場を指さす。


「あれは広場じゃない」


「黒板だ」


「王都全部が……黒板になっている」


その瞬間、書記の顔から血の気が引いた。


チョークは一本もない。


教師も一人しかいない。


なのに。


王都そのものが、授業を始めてしまった。



鐘が鳴る。


夕暮れを告げる鐘。


その音を聞きながら、私は静かに空を見上げた。


教えた覚えはない。


命じた覚えもない。


だが、問いはもう私のものではなかった。


リオへ。


漁村へ。


鉱山へ。


王都へ。


受け継がれてきたものは、知識ではない。


「なぜ」と問い続ける勇気だった。


そして今日。


王都で初めて、


先生がいなくても授業が始まった。

誤字脱字はお許しください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ