第48話 問いは止まらない
48話です。
鐘が鳴った。
朝を告げる鐘。
いつもと同じ時刻。
いつもと同じ音色。
王都は目を覚まし、商人は店を開き、配給所には列ができ、教会の扉もゆっくりと開かれる。
昨日と同じ朝。
誰もがそう思った。
だが、それは間違いだった。
王都は、一夜にして変わっていた。
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市場の入口。
果物屋の黒板に、小さな字が書かれている。
「今日のおすすめ」
その下に、誰かが細い文字を足した。
なぜ、おすすめなの?
店主が慌てて消す。
客が笑う。
「子どものいたずらだろ」
そう言って終わるはずだった。
しかし十分後。
今度は魚屋の値札。
なぜ、この値段?
肉屋の看板。
なぜ、この重さ?
パン屋の壁。
なぜ、この順番?
誰が書いたのか。
誰も見ていない。
だが、王都のあちこちで、同じような問いが現れ始めた。
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学校では、副監督官が黒板の前で立ち尽くしていた。
黒板いっぱいに書かれていたのは授業ではない。
たった一つ。
「どうして?」
誰か一人の字ではない。
太い字。
細い字。
震えた字。
大きな字。
小さな字。
何十人もの「どうして」が、黒板を埋め尽くしていた。
副監督官はチョークを握る。
消そうとする。
だが、手が止まる。
消した瞬間、
「どうして消すんですか」
後ろから声がした。
振り向く。
一人。
また一人。
また一人。
誰も席に座っていない。
子どもたちは全員、立っていた。
「座りなさい」
命令。
しかし返ってきたのは反抗ではない。
「理由を教えてください」
静かな声。
その一言だけだった。
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役所では朝一番から机が鳴っていた。
「市場です!」
「学校でも!」
「井戸にも!」
報告が飛び交う。
書記が息を切らせながら駆け込んでくる。
「質問です!」
上役が立ち上がる。
「何件だ!」
「数えきれません!」
部屋が静まり返る。
数えきれない。
その言葉が、役所でどれほど恐ろしい意味を持つか。
誰よりも彼ら自身が知っていた。
「誰が先導している!」
「分かりません!」
「首謀者は!」
「確認できません!」
「先生か!」
書記は首を振った。
「違います!」
「先生は昨日から一歩も家を出ていません!」
空気が凍る。
ならば、誰だ。
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私は窓から王都を眺めていた。
広場では子どもが親に聞いている。
「どうして列ぶの?」
母親は答える。
「順番だから」
「どうして順番なの?」
父親は荷車を押しながら立ち止まる。
魚屋では客が笑いながら聞く。
「どうして今日は安いんだ?」
商人も笑って返す。
「昨日売れなかったからだ」
「なるほど」
小さな会話。
たったそれだけ。
それだけなのに、
王都中で同じことが起きていた。
問いが問いを呼ぶ。
答えが新しい問いを生む。
私は思わず、小さく笑った。
「始まったか……」
誰に聞かせるでもない独り言だった。
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礼拝堂では司祭が一人、椅子に腰掛けていた。
昨日、自分は言ってしまった。
「守れなかった」と。
あの一言は、本来なら絶対に口にしてはいけない言葉だった。
だが、嘘はつけなかった。
そして今、その一言が王都を巡っている。
守れなかった。
ならば、どうすれば守れるのか。
人々はその続きを考え始めてしまった。
司祭は祭壇の十字を見上げ、ゆっくりと目を閉じる。
「教育とは……」
答えは出ない。
だが初めて、自分自身も問いの中に立っていることを理解した。
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夕暮れ。
市場の中央広場。
一人の少年が地面にしゃがみ込む。
石を拾う。
石畳に、ゆっくりと文字を書く。
どうして?
通り過ぎた少女が、その横に書き足す。
本当に?
さらに別の少年。
他には?
誰も命令していない。
誰も教えていない。
それでも文字は増えていく。
広場の石畳は、まるで巨大な黒板になっていった。
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役所の塔から、それを見下ろしていた上役が震える声で呟く。
「……黒板だ」
書記が聞き返す。
「え?」
上役は青ざめた顔で広場を指さす。
「あれは広場じゃない」
「黒板だ」
「王都全部が……黒板になっている」
その瞬間、書記の顔から血の気が引いた。
チョークは一本もない。
教師も一人しかいない。
なのに。
王都そのものが、授業を始めてしまった。
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鐘が鳴る。
夕暮れを告げる鐘。
その音を聞きながら、私は静かに空を見上げた。
教えた覚えはない。
命じた覚えもない。
だが、問いはもう私のものではなかった。
リオへ。
漁村へ。
鉱山へ。
王都へ。
受け継がれてきたものは、知識ではない。
「なぜ」と問い続ける勇気だった。
そして今日。
王都で初めて、
先生がいなくても授業が始まった。
誤字脱字はお許しください。




