第50話
神徒の遺跡 虚空の執務室
「様子はどうだい?」
「おおむね想定通りです。早くても明日の早朝、遅くとも明後日には発生するでしょう」
トレーニング最終日。明日は事前に話しておいた試験の日。
スタンピード発生に伴って試験を行うので、明確な時間が決まっているわけではないが、かといえ今日既に起きていました。ではお話にならない。まあそれを含めて試験にもなりかねないから悪くはないのだが。
とりあえず件のダンジョンの様子をセバスから聞く。さして特別な変化があった訳でもないようでおおむね予想通りといったところだ。
「トレーニングの経過は?」
「そちらも問題ありません。もうほとんど円熟期に入っております」
「そか。真白は?」
「彼女も問題ありません。最初はやはり眠っていた時期が長かったのでやはり動きがぎこちない部分がありましたが、今では問題なく動けております。戦闘に関してはまだ鍛錬していないのでわかりませんが、日常生活には支障ありません」
真白の世話を任せているクロエから報告を聞く。
先週起こした真白は長い間眠っていた。その間筋肉が衰えないように調整はしていたが、動いてない以上筋肉や関節といった部分が硬くなってしまうのは仕方がない。だから柔軟体操をメインにきちんと体を動かせるようにしてもらった。
「そか、まあ今回は見ているだけだから問題ないだろうね。じゃあ、明日から予定通りに」
虚空の言葉にセバスとクロエが礼で答えた。
翌日、俺、瑠衣、和也、玲は虚空と共に地下にある転送装置がある部屋に来ていた。
「さて…じゃあこの間言った試験の場所にこれから行くんだけど…その前に君たちに会わせておきたい人がいる。真白、入ってきな」
虚空に呼ばれてはいってきた少女を見て俺達全員が言葉を失った。
入ってきた少女は腰までまっすぐ伸びている白銀の長髪を揺らしながらこっくうの隣へと歩み寄った。
陶器のように真っ白な肌に水面のように澄んだ瞳、真っ白なロングスカートのワンピースを着ている少女は確かに綺麗だった。しかしそこにはどこか作り物めいた美しさが際立って見えた。
「虚空、彼女ってもしかして…」
俺が戸惑うように呟くと、虚空は俺が言いたいことが分かったのか、ニヤリと笑みを浮かべて頷いた。
「さすが察しがいいね。想像の通り彼女は造られた物だよ」
「ホムンクルスか」
「少し違うんだけど、おおむねそうだよ」
少し違和感のある返事だったが、虚空は俺の考えを肯定した。
「ねえ、敬、ホムンクルスって何?」
瑠衣はそっち方面にあまり詳しくないので、聞いてきた。
「ホムンクルスって言うのは人の手によって作られた人間の事だ。俺もそこまで詳しくは知らないが、錬金術って言う分野でかなり高度の技術を必要とする物だな」
「錬金術って…前にお前がやってたゲームでもあったよな。薬作ったり、石を金に変えたり」
「あー、そういやあったな」
以前和也が俺の部屋に遊びに来た時にちょうどやってたゲームが錬金術をベースにしたゲームだった。キリがいいところまでやらせてもらってたのを覚えていたんだろう。
「じゃあ~、その子は虚空さんに作られた子ってことかしら~?」
「そういうことだよ」
「でもホムンクルスって短命って聞いたがそこのところどうなんだ?」
「え、そうなの?」
俺の言葉に瑠衣が驚いたような声を上げた。
「正確なところはわからないがな。実際ホムンクルスにしても和也が言ってた石を金に変えるにしても、ずいぶん昔の錬金術の目標ってだけで実現したかどうかもわからないんだ。本来の錬金術ってのは薬を作るのがメインって話だし、どこまでが創作でどこまでが実話かはっきりしてない部分もあるからな」
「まあ、大体あっているかな。高度な錬金術はいろいろと危険もあるからね、だからあくまで幻想って感じにしておいた方が都合が良かったり、元々門外不出の部分も大きかったから空想が混じっているって言うのも事実なんだ」
「ふぅん…で、実際のところどうなんだ?」
「まあ、急成長させたりしてるからやっぱり寿命は短いね。だからそれを長くするためにところどころ機械化してるんだけど」
「は?機械化?」
「うん、彼女の内臓とか一部分アンドロイド化させてね。だから彼女はホムンクルスとアンドロイドの複合体、その名を『ホムロイド』という!寿命も普通の人並みだし、アンドロイドの様な高性能な部分もあるよ」
自信作なのか、ふんぞり返る様に胸を張っている虚空に対し思わずため息を吐いてしまった。
「技術面で言えばすごいとは思うが、倫理観ぶっ飛んでんな」
「あー、君たちの時代じゃそういうのご法度だっけ?宇宙に出るようになってからはそう言うの少しずつ壊れてたみたいだからなぁ…実際僕だって似たようなものだし」
「は?」
「あれ?言ってなかったっけ?僕のこの体もホムロイドの体に自分を元にした人工知能をインストールしたんだよ」
「え、初耳なんだけど…敬聞いてた?」
瑠衣の問いかけに俺は首を横に振る。
「まあ、確かに遥か昔に来た神徒がいまだに生きているって言うのは疑問におもってはいたが…てっきり子孫かと思っていたんだが」
「さすがに子孫だったら長い時間の間にいくつか技術が抜け落ちちゃうからね。だから今まで培ってきた技術をいくつかのパターンでデータ化して、この体の限界が来て次の体に移行する時に、そのデータから必要な部分と一緒に次の体に入れてるんだ」
「マジかよ」
想定外の暴露に和也が思わずつぶやいていた。俺も同意見です。そんな俺達の困惑を知ってか知らずか、わずかなノイズと共にセバスの声が転送部屋に響いた。
「お話し中申し訳ございません。もうじきスタンピードが発生いたしますのでそろそろご移動を」
「おっと、もうそんな時間が。じゃあ皆頑張ってね」
「え!?こんなもやもやした気分で行かされるの!?」
ニッコリ笑う虚空に瑠衣が苦情をつい言ってしまった。まあ、気持ちはわかる。
「時間が来たんだから仕方ない。そのもやもやをこれから出てくる魔物達にぶつけてやれ」
「ひどい八つ当たりだな」
「そうね~。でもこれからやるのは訓練じゃなくて命を懸けた戦いなんだから集中しないとね~」
「…はぁ、そうだね。とりあえず切り替えていこっか」
「ああ、その方がいい。多分大丈夫だとは思うが、油断していい状況ではないんだからな」
俺の言葉に瑠衣達の表情が引き締まる。
「うん、いい緊張感だね。じゃあ転送するよ」
虚空の言葉に答えるように足元にある魔法陣が輝きだした。そして一面が光で覆われた直後、俺達はあたり一面木々で覆われた森を見下ろせる高台へと降り立っていた。
「さ、到着だ。おっと、タイミングが良かったね、丁度出てきたようだ」
そういって虚空が視線を向けた先にはわずかだが木の隙間があった。そこからわずかに土煙が上がっている。
「敬、数は?」
和也に聞かれたので即座に風の力で土煙が上がった方を探る。正確な数を探ろうと数えるたびにどんどん洞窟らしき空間から出てくる。
「んー…たくさん!」
「おい」
「いや、こうして喋っている間にも数が増えているんだって」
「それでもせめておおよそな数は教えてくれよ」
「そうだな…。このペースで出てきたとして、あそこからこっちに来るまでの時間を考慮すると…細かな奴で400前後といったところかな」
「400か。広がりそうか?」
「んー…それなりにって感じだろぅな。幸いにも今の出るペースと方向から、はぐれた奴が別の方向に行くって感じはなさそうだが、それでも横には広がりそうだ」
「そうか、んじゃあある程度壁を横に広げておくか。曲げればその分相手の侵攻方向を制御できるか?」
「できるだろうが、そうなるとかなりの壁の長さにしないとあぶれて面倒になるぞ。場合によっては玲と相談してくれ」
「そうだな…どうする?」
「そうねぇ~…横に真っすぐだと多分広がりすぎて横からあぶれるわよね~。だからほら、ホッチキスの針みたいな形あるじゃない~?」
「大括弧だっけ?」
「だったか?忘れた。まあ、確かにその形だったら長さを調整すればその分閉じ込めれそうだな」
「わかった、じゃあ後は敬の合図でそれを一気に作るか」
「あいよ。んじゃ降りるか。行ってくる」
「うん、しっかり見させてもらうよ」
虚空と真白を残し、俺達は森の中へと降り立った。
「さて…どんどん増えているが…まだ大物っぽいのは出てこないな」
「小物の動きはどんな感じだ?」
「こっちに来てる奴らもいるが、大挙として押し寄せているって感じではないな」
「大物が出てきたら動く感じかなー?」
「どうでしょうね~、もしそうなら統率が取れているってことになるから厄介そうね~」
「どうかね。好き勝手動かれるのもそれはそれで読みにくくて厄介ではあるがな。どっちもどっちだ」
そんな話をしていると洞窟の付近に他とは違う気配が現れた。
「ん?なんか違うの出てきたな」
「違うの?」
「ああ、ずいぶんと図体がでかい奴だ。おおよそ…3m行かないくらいってところかな」
「偉いでかいな。大物か?」
「かもなー」
そう答えながら久々に万能の書を取り出す。今感じる気配から該当する魔物を調べ始めた。
真っ白なページに少しずつ魔物の情報が写しこまれていた。
「んー…ん、大物だな」
「なんて魔物かわかった?」
「ああ。オークキング、オークの最上位種だな。群れになっているオークたちを束ねている存在らしく、おそらく小物たちの動きもこいつが統率してるオークに引っ張られているんだろ」
「なるほど」
そんな話をしている間もモンスターたちは徐々にこちらへと近づいてきていた。
そして…
「グオオオオオオオオッ!!」
オークキングの雄たけびが響き渡ると同時に、先ほどまで少しずつ近づいてきていた魔物達が一気に駆け出してきた。
「和也!」
「おう!」
さすがに相手が動いたことを和也も気づいたんだろう。背負っているミスリルシールドを構え、盾の先端を地面へと突き刺した。
「いつでもいいぜ!」
自信に満ちた笑みを浮かべて和也が俺を見た。
俺も頷き、気配をしっかりと読む。壁を生み出すタイミングが遅ければ避けられ、早ければ突破されてしまう。適切なタイミングであれば前に進めず、後ろは他の魔物でつっかえて足止めができる。その間に玲がまとめて攻撃していけば大部分を相手できるだろう。
タイミングを間違えないようにしっかりと気配を探る。
大量の魔物がこちらへと駆け出しているからその振動が地面を揺らしていた。
「おい、敬!まだか!?」
「まだだ!まだ早い!」
確かに地響きから近づいてきているのはわかる。だが、相手の数が多いせいで、個々の振動を増長させているだけで、距離はそこまで近くはない。もっと近づかせないと逃げられてしまう。
和也もしっかりと盾を手に前を見据え、瑠衣と玲も緊張しているのか表情が険しい。地面から伝わる振動に加え、重低音の足音が徐々に聞こえてくる。その中にわずかに木々が倒れる音も聞こえてきて大分近づいてきたことが音だけでも察せられる。
「敬!」
「もう少し…もう少しだ…!」
焦るな。焦ればしくじる。ここで焦ってしくじれば今後の動きにも大きく影響する。だから焦らずしっかりとタイミングを…
その瞬間にズドンッ!とすさまじい衝撃音と共に巨大な影が上空に現れた。
「瑠衣!!撃ち落せ!!」
俺の言葉に即座に反応して瑠衣が素早く弓を引いて火矢を影へと放った。
上空で巨大なこん棒を振り上げていた影に非やが直撃し、即座にすさまじい爆発が発生して影を後方へと吹き飛ばした。
そして地面へとたたきつけられた瞬間。
「和也!今だ!」
「待ってたぜ!!」
和也の声に答えるように即座に高さ10m、厚さ2m程の土壁がそびえたつ。
俺達からは魔物の姿が見えないが、それでも突如現れた巨大な壁に進行していた魔物達が立ち止まり、狼狽えているのが気配でわかる。
「玲!」
「いいけどさすがにここからじゃ見えないわよ~」
「足場を上へと押し上げる!玲も瑠衣もそれで壁の上に登れ!」
「うん!」
「敬!お前は飛んでいけるだろ?」
「ああ、玲が魔法使ったら突撃する。瑠衣、援護と大物頼むぜ!」
「任せて!」
和也が即座に俺達側の壁に階段を作り、瑠衣と玲がそれを駆け上っていく。俺は跳躍して一気に壁の上まで飛び乗って見下ろすと、数百の魔物が囲われた壁の中で右往左往していた。
「集合体恐怖症失神待ったなし」
「言ってる場合じゃないわよ~。行くわよ~」
玲が掲げた杖の先から水を生み出し、量を増やしながら一気に広がっていく。
「押しつぶしちゃいなさ~い!」
その言葉ともに巨大な水塊が魔物達へと振り下ろされた。魔犬やゴブリンといった小型の魔物は水圧によって押しつぶされ、オークの様なタフな魔物はそのまま水の中でもがき始めた。
あれだけで大多数の魔物を仕留めることはできただろうが、それでも打ち漏らしはある。それを始末するのが俺と瑠衣だ。
「瑠衣は基本上空の奴を、俺は地上をやる。和也!お前も余裕があれば参加していいからな!」
「あいよー!」
玲の放った水による水圧は当然和也が作った土壁も穿つ。だから崩れないように耐えなきゃいけないが、それでもずっとそれを維持する必要はない。余裕があれば戦いに参加してもらった方が助かる。
「さて、小物と大物…まずはオークキングか。それを仕留めに行きますかね」
そういって俺は水塊を飛び越え、魔物達へと襲い掛かった。




