第49話
「スタンピード?」
虚空の言葉に瑠衣が首を傾げた。
「魔物の大量発生に伴う災害みたいな現象だな。普通はダンジョンとかそういった魔物が自然に発生する場所で間引きされない魔物が少しずつ増えてきて、それらがダンジョンから溢れることで発生する現象だが…この世界でも起きるのか?」
俺が代わりに説明しつつ首を傾げる。魔物は動物に魔素が宿ることで生まれると神爺さんと虚空から聞いた。ということは魔物の大量発生には動物の大量発生が必要となるはずだが、さすがにそこまで動物がたくさんいるとは思えない。
「うん。前に魔物の発生に対して説明したよね?」
「動物に魔素が宿って魔物になるんだったよな?」
「そう、だけど物事には何事にも例外が発生する。その例外がダンジョンなんだ」
「ダンジョン?」
「うん、ダンジョンといっても損な複雑な物って訳じゃなくてね。昔あった地下施設の遺跡だったり、深めの洞窟だったり、そういったものがこの世界にも点在しているんだ。そしてそれらの内部には魔素というのが籠りやすい」
「そうなの~?」
「魔素って言うと特殊な物に感じやすいけど、空気の様なものと思ってくれたらわかりやすいかな。地下や建物内って言うのは、換気ができないとかなり空気が籠るでしょ?だから、流れ込んだ魔素も広がらずに濃度がどんどん濃くなっちゃうんだ。そして高い濃度の魔素からは魔物が産まれることもある」
「その魔物って強さは?」
「ピンキリだね。基本的に魔素の濃度が50%を超えると魔物が発生するんだけど、弱い奴だと君たちが戦ったことがあるウェアウルフ達と同等程度、だけど90~100%の濃度で生まれた魔物は上級魔族に匹敵する強さを持っている奴がいたりするよ」
「まじか」
虚空の言葉に俺達はさすがに動揺してしまう。上級魔族に匹敵する魔物が大量に迫ってこられたらさすがにきつい。倒せない、とまでは言わないが、かなりの被害は出るだろう。
「そこまで心配しなくても大丈夫だよ。一回のスタンピードで多くても5体くらいしか出てこないから」
「あー、5体くらいなら対処できる…か?敬、どう思う?」
和也に問われ、頭の中でシュミレートしてみる。上級魔族に匹敵する魔物が5匹、そしてそれらと共に迫ってくる魔物たち数は不明、しかし多数。こっちは俺と和也、瑠衣、玲の四人。
火力としては…おそらく一番高いのは瑠衣だろう。火による燃焼や爆発はそれだけでかなりの威力になる。俺自身もそれなりに火力はあるが、どうしても単体向けになる。竜巻のように広範囲に攻撃することも可能ではあるが、その分魔力も多量に消費するから連発するとすぐに魔力が尽きかねない。それらを考慮すると…。
「…そうだな…おそらく要は和也になると思う」
「俺?」
「ああ、さっき言った強い魔物、そいつらだけならそれぞれで相手にすればいいが、スタンピードという前提がある以上、それ以外の魔物たちへの対処も考えないといけない。となると、足止めが必要になってくるが、おそらくそれができるのは和也だけだ。広範囲に土の壁を作り、それで足止め。そして玲が雑兵の魔物達を水で攻撃し、数を減らしていく間に、俺と瑠衣で大物を倒す。そんな感じが一番だろうな」
「私が?」
「ああ。俺達四人の中で火力が一番高いのは瑠衣だ。俺もある程度の火力はあるが、それでも単体や小型向け。玲も範囲攻撃としては優秀ではあるが、水という特性から時間がかかる。和也も地上の敵という点で限定すれば火力は十分にあるが、どちらかというと防御力の方が高い。さすがに上級魔族に匹敵するという魔物が小型ばかりとは思えないから、大型の魔物も考慮すると最適なのは瑠衣なんだ」
「なるほど~。じゃあ私は和也君が足止めした小物たちの処理かしら~?」
「ああ、大物が出てくるまでは和也が侵攻を止め、壁際の小物たちを玲が処理、瑠衣は上空を飛ぶ小物を、俺が内部で遊撃しつつはぐれた小物を処理していくって感じだな」
「わかった」
「まあ、あとは地形次第な部分もあるが、それは現場を見てからだな。虚空、合流する一人って言うのは戦力として数えていいのか?」
「そうだね…参加させてもいいけど…今回は君たちの特訓の成果を見たいというのもあるから、あえて不参加とさせてもらおうか」
「あいよ。クー達はどうするんだ?」
「彼女たちはこっちでモニタリングしてもらうよ。一緒にいても手が出せないとやきもきするだろうし、君達も彼女たちがいるとそっちに意識を向けないといけなくなるだろ?」
「そうね~、彼女たちを護りながらというと動きが変わっちゃうものね~」
「そうなったらまた策を考えないとだがな。とりあえず虚空、今日一通り終わったらそのスタンピードが発生するダンジョンの周辺地図を見せてくれ。もうちょっと作戦詰める」
「わかったよ」
その後は特に何もなく、午前の講習へと取り掛かった。
夜
一通りトレーニングを終え、自宅へと向かう前に虚空の元へと向かった。
「はい、これがその周辺地図ね」
「ほいほーい。ん~…森がメインか。山というか高低差は特にないんだな。ダンジョンは地下へと延びる洞窟か?」
「うん。大分魔素が溜まっているから問題が何もなければ一週間ほどでスタンピードが起きるはずだよ」
「進行方向の予測とかはできるのか?」
「スタンピードは基本的に直線に進む物だから、洞窟内部から地上へ出た方向そのままに進むよ」
「進行方向に村や町は?」
「結構遠いけど一応あるよ」
「そこから増援が来る可能性は?」
「多分ないよ。スタンピードが発生したとして、それを察するのにおよそ…一週間くらいかかるだろうから問題ないよ」
「ふむ。ならある程度自由にできるな」
「だね、まあ森だからそこらへんの影響は気を付けてね」
「了解。んじゃこの地図貰っていくな」
「はいはーい」
ひらひらと手を振ってから俺は虚空の執務室を後にした。
「………さて」
敬が部屋を出て虚空は立ち上がる。目的地は昨日、クロエに話しておいた『あの子』に会いに行く。
執務室の背後にある本棚。その横にあるボタンを押してスライドさせると下にワープパネルがあり、本棚の後ろに隠れていた壁には0~1が書かれているボタンがある。ボタンを押し、あの子がいる研究施設へとワープして、部屋に入ると部屋の中にはクロエがいた。
「虚空様、お待ちしておりました」
「うん、調子はどうだい?」
「問題ありません」
青いライトで照らされている室内。壁際にはいくつもの機械が配置されており、そこから伸びているチューブやワイヤーがすべて中心にある巨大なカプセルへと繋がれている。
カプセルの内部は液体で満たされており、その中心に一人の裸の少女がゆらゆらと揺れるように存在している。
「バイタル安定しております。今は少しずつ脳波に刺激を与えて覚醒を促しております。もうそろそろ目覚めるかと」
「そか」
ピッピッと規則正しい音だけが室内に響くなか、ふとカプセルの中の少女の口元にかぶせてある呼吸用マスクの縁からゴポリと空気が漏れ出した。
「呼吸開始。薬液を放出します」
カプセルの下部からゴポリと大きな泡が産まれ、徐々にカプセル内の液体が減っていく。それに従い、少女の体がゆっくりと重力に従って下降していく。そして液体がすべて抜け切ると、カプセル正面へと四角形に切れ込みが入り、吸盤が取り付けられているアームが動いてそのガラスを回収するように動いた。
そして内部の少女が倒れこむようにカプセルの外へと出てくると、その体を素早くクロエが受け止め、支えてあげる。
「おはよう、体調はどうだい?『真白』」
少女…真白はゆっくりと目を開け、目の前で穏やかな笑みを浮かべている虚空を見据え、口を開こうとしたが、出てきたのは言葉ではなく、咳と共に口の中に入っていた薬液の残りだ。
「…苦い…」
「あはは。まあ飲んでも害はないし、君を保存しておくのに必要なことだったから勘弁してね」
「…私を起こしたということは、マスターが見つかったということですか?」
クロエの肩を借りて真白はゆっくりと立ち上がる。
「まあ一応ね。正確にマスターになるかどうかは一週間後の試験をクリアしたらだけどね。まあ彼等なら大丈夫だろう。だから君にはそれまでにまともに動けるようになってもらうよ」
「かしこまりました。私がマスターとお会いになるのはいつでしょう」
「試験の時だね。彼らには試験としてスタンピードを鎮めてもらう。君はその時の動きを見て、自分のマスターになる人たちがどんな人かきっちり見定めてみるといい」
「かしこまりました」
虚空の言葉にはっきりと頷く。
「…とりあえず虚空様」
「なんだい?」
「そろそろ真白様に服を着せたいので一度ご退出して頂いてよろしいでしょうか?」
「おっとそうだね。じゃあ真白、まずはゆっくり体を慣らせてね。落ち着いたらまた話をしよう」
「はい」
クロエと真白を残し、虚空はまた執務室へと戻った。




